ハイデッガーに学ぶ時間管理術

 (2019年5月23日講演)

 

 

 

 

 「あれもやらねば、これもやらねばならん。」

 2019年4月、わたしにとってとにかく忙しい日々が続いていた。
 しかし忙しい、忙しいと焦るわりには仕事がほとんど捗(はかど)っていない。
 
 どうも「億劫」なのである。
 ものごとを「すぐ」やることができないのだ。
 ついついやるべきことを「先延ばし」にしてしまう。
 「いつかやろう、そのうちやろう」と仕事を未来に先延ばししてしまうのだ。
 これでは仕事が捗るはずがない。
 そのうち仕事がどんどん溜まっていく。
 膨大に膨れ上がってゆく仕事の前で「あら億劫だ。うわ億劫だ。」と右往左往するわたし。

 つまり最近のわたしはいつまでたっても「準備中」なのだ。
 「本当の人生」というものを生きていない気がする。
 わたしが生きているのは「いつか訪れるであろう」=「近未来」へ向かっての「期待」の世界で生きているのだ。

 「頽落(たいらく)」・・・
 これが頽落でなくてなんであろう。

 「一生迷ってろ!!そうして失い続けるんだ、お前はッ!!貴重な・・・チャンス、をッ!!」

 『逆境無頼カイジ』というアニメに出てくる利根川にこう怒鳴られても仕方がない体たらく。

 さてここでわたしはハッ!!・・・と気がついた。
 わたし「そういえば「頽落」というのはハイデッカーの用語だよな。」
 確かにわたしは2019年3月24日の日記(『人生は賭けグルイ』)の中でハイデッガーの「投企的存在」について引用している。

 「投企的存在」というのは現在からサイコロのように自分自身を未来へ向かって「投げ入れる」、そういう「賭け」としての性質を帯びた「現存在(ダーザイン)」=「人間」の性質を指す。

 わたし「むむー・・・そういえばわたしは未来へ向かって自己を投げ入れることを「怖がっている」、だから仕事ができないのだ。」

 ハイデッガーによると現存在(人間)は空間的には「世界内存在」であると同時に時間的には「時間内存在」として規定されている。
 つまり人間は「過去に生まれて未来に死ぬ」という時間の内部で「現在」を生き続ける性質を持つ。これをハイデッガー用語では「現成化(未来がどんどん現在を通過して過去になり続けてゆく)」と呼ぶ。

 人間は未来に必ず「死ぬ」、この厳然たる事実を「先駆(せんく)=(普通の人より先を進むこと)」して「了解する(悟る)」こと、これがハイデッガーの哲学の肝(コア)にあたる部分である。

 人間は未来に向かって「先駆(さきがけ)て走る」というテクニック(このテクニックをすべての人間が生まれつきの能力として持っていることをハイデッガーは「証し」と呼んでいる)で「死」を了解する。
 「死」を了解した瞬間に人間は「本来的自己」に戻る、非常にザックリと言ってしまえばハイデッガーの哲学の核心はこの部分である。

 わたしはここでピーンと来た「なるほど~。。。そうだったのか、だんだんわかってきたぞ~」。

 わたしも実は「先駆」していたのである。
 しかも遠未来に必ず起きる「死」に向かって先駆していたのではなく、近未来に起きるかも知れない「厄介事」に対して先駆していたのだ。

 わたし「ああ~、、、厄介事は嫌だ、厄介事は怖い、厄介事は強大だ、だから仕事をやっても上手くいくはずはない。」

 こういう中途半端な「先駆」によって、わたしは「仕事を行動に起こす」ことから逃げていたのだ。
 だから今のわたしにできることは中途半端な「先駆」を中止する。
 そしてわたしはひたすら「現在に集中する」ことにする。
 わたしはなるべく近未来の厄介事について考えることをキッパリと遮断した。
 そうしたらあら不思議、仕事がすいすい出来るようになったではないか。

 ハイデッガーの用語法とはやや違うがこういてわたしは「本来的自己」に戻ったのだと思う。
 「中途半端な先駆」が人間の行動に対してどれぐらい有害かわたしは心してわかった。

 さて相対性理論の祖であるアインシュタイン博士もこう言っている。
 「未来と過去というものは人間にとって幻想でしかありません。」

 だからこそわたしたちに出来ることは時間内部に於いてただひとつ確かな部分である「現在」に集中することである。
 そして「現在、目の前にある仕事をひとつひとつ片付けてゆく」これが肝要なのだ。
 それをやっていけば、あれほど強大だろうと「先駆」して想像していた「近未来の厄介事」を意外と簡単に片付いてゆけることがわかるだろう。

 「遠未来(死)へ向かって先駆する」なんていう高等なテクニックは、そういう「基本的なこと」がしっかりできてからで十分なのである。
 こんなことを言ったら、ハイデッガー本人やハイデッガーを研究している「専門家&真面目な人々」から怒られるかも知れないがわたしは極めて真面目にこういうことを考えている。

 神秘主義的傾向の強いハイデッガーの「実存哲学」をビジネスに役立つようにプラグマティックに改造する、それだって立派な「哲学」であろう。

 「近未来に先駆する前に現在を行動せよ!!」。
 それがわたしたちがじぶんに課せられた「仕事」を開始するにあたっての最も重要な認識なのである。

 さあ、諸君。
 余計な雑念を振り払って、貴方に課せられた仕事を「いますぐに」開始せよ。
 わたしも「いますぐに」仕事を開始する決意をありありと燃やしている。

 
 『見る前に跳べ!!』大江健三郎(新潮社)。


 (了&合掌)

 

 (2019年&黒猫館&黒猫館館長)