『いじめのある世界に生きる君たちへ』

 

 

中井久夫著。カバー・帯完本。中央公論新社発行。初版2016年12月10日(注意!重版も存在します!)発行。挿絵=いわさきちひろ。 

内容>「いじめは犯罪ではないという幻想」
「いじめかどうかの見分け方」
「権力欲」
「孤立化」
「無力化」
「透明化」
「無理難題」
「安全の確保」
「構成・編集者によるあとがき」 

 本書を「書肆月詠」で扱ってよい本であるかどうか、筆者は少々迷った。
 「書肆月詠」は基本的に「趣味性の強い本」を扱う古書サイトである。
 本書は一見すると教育書のようであり、「趣味的」な本であるとは言い難い印象がある。

 しかし当世一流の精神医学者である中井久夫氏の文章はじゅうぶんに「高尚」であり「格調高い」。

 本書を趣味的な本であるなどと言ったら、いわゆる「真面目な人々」から怒られるかも知れないが、筆者としては本書をマルキ・ド・サドやジョルジュ・バタイユに連なる「悪の哲学」として「趣味的に」読んでも許される種類の本のように思われる。

 そもそも本などというものは読者のぶんだけ解釈が存在するものだ。
 筆者が趣味的側面の強い「書肆月詠」で扱っても別に不思議はない。

 
 さて本書はいじめのメカニズムを解明するための本である。
 いじめは「無力化」→「孤立化」→「透明化」の順序で行われると中井氏は説く。
 そのメカニズムは十分に「用意周到に」「確信犯的」に行われるのであるから、わたしたち読者は「いじめ」というものの冷厳な恐ろしさを身を持って味あわされることになる。

 ナチスに虐殺されたユダヤ人がなぜ「抵抗せずに」虐殺されたのか??
 その答はこの本の中ににある。いじめは精神のコントロールと同時並行して行われるのだ。
 そういう意味で本書は人間という存在の底知れぬ「悪」の深淵に迫ったまさに中井久夫氏による「命がけの論考」と言えるだろう。

 人間は本質的に「悪」なる存在である。
 しかしその「悪」に抗うことができるのも人間である。
 そんな深い文学的テーマを隠し持っている本書が面白くないわけがない。

 筆者はまさにドストエフスキーの『罪と罰』のような世界文学として、本書を読者の諸君に推薦したい。

 最後に本書の初出はみすず書房の『アリアドネの糸』収録の「いじめの政治学」である。
 興味を持った方は『アリアドネの糸』のほうも参照してくれたまへ。

 さて本書はもう何度も重版されたので「初版」を探し出すのはなかなかに難しい。
 しかし大手新刊書店ではまだ初版が埋もれていることもあるらしい。
 わたしは本書の初版本を神保町の新刊書店で掘り出した。
 読者の諸君もぜひ今のうちに本書の初版本を入手してほしい。

 本書の初版本は将来の古書価の高騰がありありと予想される歴史的名著である。

 

 (2018年6月&黒猫館&黒猫館館長)