エリザベス会館への夢

(講演日 2010年3月20日)

 

 

(↑いまは無きアマチュア女装交際誌『クイーン』↑)

 

 エリザベス会館。

 そこは誰でも一度は行ってみたいと思う場所。
 歌って笑って、あっという間に人生は終わる。
 一瞬の人生が通り過ぎてしまうその前に。
 みんな!楽しもうよ!
 ひとときの夢の中で・・・



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 エリザベス会館とは東京浅草橋に存在する女装サロンである。
 入場料6300円+衣装レンタル+下着代=約15000円で女装を楽しむことができる。
 一階が女装用品販売店で二階が女装サロンになっている。

 1990年代初頭。
 当時は東京・亀戸に存在したエリザベス会館にわたしは行ったことがある。
 なにか後ろめたいようなどんよりした罪悪感を背負いながら、わたしは女装専門誌『クイーン』に載っている地図を頼りに道を急いでいた。 しかしなかなかエリザベス会館は見つからない。
 わたしが奇妙な安心感に包まれだした頃、エリザベス会館が突如姿を現した。
 裏通り。本当に裏通りの見つかりにくい場所にエリザベス会館はひっそりと存在していたのだ。

 わたしはエリザベス会館に入ってゆく。
 心臓の鼓動が大きくなる。
 女性用下着売り場を見てから、わたしは人生の重大決意をした。
 「二階の女装サロンに上がろう!!」

 しかしその日はどういうわけか2階の女装サロンには定休日であった。
 下着売り場のオヤジがわたしに声をかけた。
 「あー、お客さん、今日は二階休みですよ・・・」

 人生の一大勇気を振り絞って女装しようと思っていたわたしはその日本当に落胆した。



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 「勇気を振り絞って」、そのとおり、1990年代の初頭には女装者はまさしく隠花植物そのものであった。
 「性倒錯」、そのような忌まわしい言葉に支配された社会で女装愛好者&コスプレ愛好者は閉塞の叫びをあげていた。

 「男らしくあれ!」・・・この言葉をわたしは何度呪ったことであろう。わたしは一度だって男らしくありたいとは思わなかった。ただひらひらした可愛いらしい洋服に身を包み、微笑みの絶えない優しい空間に身を置いていたいだけなのに。

 それから約20年。
 一度、挫折したエリザベス会館に行く勇気はわたしにはもう無かった。
 ただ時間だけが刻々と過ぎてゆく。
 悪戯に年齢を重ねながら、わたしはなにか焦りにも似た焦燥感を感じていた。
 「やはり若いうちに女装を経験しておくべきだったのだろうか・・・」

 しかしわたしがひとり悶々としている間に時代は大きく変わった。本当に大きく変わった。

 秋葉原ではハルヒのコスプレをしたオトコノコがハルヒダンスを踊り、雑誌のグラビアを「男の娘」が飾る。
 おたく文化と幸福な融合を果たした女装趣味はもう社会におけるタブーではなくなった。極めて一般的な「週末のちょっとした趣味」に変わってしまったのだ。

 断っておくが、わたしはゲイではない。
 誤解されがちであるが、ゲイと女装趣味は全く別物であるからだ。
 
 しかしわたしはゲイを否定しようとは全く思わない。
 他人に迷惑をかけなければゲイであろうがレズビアンであろうがSMであろうが、わたしは絶対に否定しない。むしろ、彼(彼女)のそのような趣味を推奨することであろう。


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 2010年、時代を追い風に勇気付けられたわたしは今度こそ堂々と胸を張って女装クラブ・エリザベス会館に行こうと思う。わたしを揶揄する輩がいたら、わたしは完膚なきまでにその者を叩きのめすつもりだ。
 人間の自由な楽しみを否定する者、それはしばしばファシズムであるとか圧力団体であるとか保守的な宗教であるとか軍国主義であるとか、色々なカタチで醜悪な妖怪のようにいつどこにでも出現する。
 わたしはそのような者たちと必要とあらば徹底抗戦するつもりである。

 「当方に迎撃の用意あり!」。武器はミッシェル・フーコーの『性の歴史』全3巻で十分だ。

 20代の頃に果たせなかった女装への夢、それをわたしは今年こそ果たそうと思っている。

 

(黒猫館&黒猫館館長)