村松書館

発端は1970年代初頭、村松俊彦氏が仲間といっしょに「ゴルゴオン社」という小さな出版社を創設したのがきっかけ。その後、「夢魔社」時代を経て現在の村松書館になる。総じて版画集等美術書が多いが、その他にも実に異色な書物の出版を手がけている。総じて古書価は安いが出ない本が多く、その全貌は全く未知の領域といってよかろう。村松書館、このちょっと地味だが、謎に満ちた出版書肆の研究はまだ始まったばかりである。 

 

『狼藉集』

草森伸一著。

1973年11月25日初版発行。裸本帯付き完本。丸背上製厚冊(489p)。ゴルゴオン社発行。三交社発売。本書の装丁は羽良多平吉。羽良多氏の第一回装丁本にあたる本書は戦前の贅沢本を思わせる造本で魅力は十分。この美しい装丁だけで手にしたいと思わせる本だ。内容は草森伸一氏のエッセイ105編を収める。そのエッセイも「不安の豚たち」、「華やかな失業者」、「あなたってサドね」等など、見出しだけで読みたくなるものばかり。実際読んでみても、独特のユーモアが感じられて面白い。就寝前のひと時の軽い読書にはうってつけの本である。古書価は2000円〜3500円。古書店の店頭にはあまり出ないが、目録には稀に掲載される。半年ほどの探求で入手可能だろう。 

 

 

 

『アリス煉獄』

穹野卿児著。

1974年5月1日初版発行。カバ帯完本。軽装版薄冊(61p)夢魔社発行。牧神社発売。短編「ヨナヨナがやってくる」を併録。(注意!本書には後帯が存在します!)現在確認されている「夢魔社」唯一の出版物。その内容も散文詩とも小説ともつかない妙なものだ。著者についても全く不明。極めて謎めいていて妖しい本である。古書店にはほとんどでない。ごく稀に出ると店主が面白がって高くつけたりするから、やっかいな本だ。それ故、古書価は500円〜5000円程度と幅がある。根気で探してください。 

 

 

 

『だが虎は見える』

草森伸一著。

昭和50年12月31日発行。限定950部。函帯・外函(ダンボール)付き完本。丸背上製。本書は古今東西の「虎」に関する薀蓄を集大成したもの。といっても動物学見地からではなく文学・美術方面から「虎」にアプローチした珍本。動物が好きな方にお薦めの本である。本書は出やすい。古書価は3000円程度。総じて入手し易い本といえるだろう。 

 

 

 

『鏡に這入る女』

中河与一著

1980年10月5日初版発行。カバ帯完本。本文3色刷り。カラー口絵2葉。通常版のほかに限定本100部あり。大判。挿画 、ラウル・デュフィ。「中河与一」と聞いても最近の若い人はピンとこないかもしれないが、実は太平洋戦争中に出版した『天の夕顔』がベスト・セラーになったほどの人気作家だったのである。それが昨今、さっぱり耳にしなくなったのは戦時中に時局迎合的な発言を行ったとして、戦後に批判の対象にされてしまったのが原因かもしれない。
 本書は昭和9年昭和書房発行の『ゴルフ』という短編集から、「鏡に這入る女」一編のみを抜き出して装丁し直したもの。本書にはラウル・デュフィのオリジナル挿絵が挿入されている。なんでも中河氏がディフィに挿画を書いてくれ、と依頼したところ、ディフィが快諾してくれたそうである。しかし中河氏とディフィはこの当時なんの面識も無かったというからこれも妙な話である。
 内容は飛行機から男女二人がダイビングする様を描いた奇想天外なもの。川端康成が「作家の精神的な美しさがあらはに見られる」と褒めたそうだ。
 通常版はあまりでないが、でたら定価程度(1500円)で買える。限定本は村松書館にまだ在庫があるらしい。ただし高いです。本書にとことん惚れ込んだ人のみ買ってください。 

 

 

 

『倒立する古い長靴のための緻密な系統図』

嵩文彦著。

1978年3月25日初版発行。函完本。カラー口絵一葉。装丁、片山健。本書の最大のセールス・ポイントはあの人気画家、片山健が装丁を手がけていることだろう。函全面、本冊表紙、両見返しに片山健の挿画が入っている。片山フリークならこれだけで欲しくなるだろう。ただ本書に使用された挿画はすべて北宋社刊『迷子の独楽』に収録されています。期待した方々、ご愁傷さまです。
 ところで本文であるが、これは嵩文彦という詩人の第二詩集である。嵩の第一詩集は『サカムケの指に赤チンを塗る栄華に勝る楽しさ』(思潮社)である。詩風は吉増剛造や鈴木志郎康に似ているが、彼らほどの破天荒なパワーはかんじられない。そこそこの悪ガキの独り言といったところか。
 本書は詩書系統の古書店より、幻想文学系統の古書店でよく発見できる。それほど入手が難しい本ではない。古書価は2500〜3500円といったところか? 

 

 

『乙女風景』

井上洋介著。

昭和53年2月10日初版発行。函帯完本。井上洋介オリジナルゴム版画一葉入り。跋文草森伸一。本書は版画集である。井上洋介といえば『子供の友』などで有名な絵本作家だが、もともとは画家・版画家である。本書にはハイヒールを履いた裸体の女をモチーフにさまざまな怪奇な幻想画が41点収録されている。しかし後年の『電車画譜』(パルコ出版)等に比べるとグロテスクなパワーがやや弱く、おとなしい印象を受ける。好みの問題だが筆者はちょっと「ものたりなさ」を感じました。エログロもやるなら徹底してやってほしいものである。
ところで本書には「ゴム版画」が一葉入っているのだが、一般的な「銅版画」や「木版画」に比べて「ゴム版画」というものは、価値が一段落ちるものなのであろうか?筆者は絵の世界に全く疎い者なので、読者諸氏でこの問題について知っておられる方がいましたら、ぜひともご教示ください。本書はなかなかでない。古書価も5000円〜12000円と結構高い。井上洋介のファンの人はぜひ買ってください。 

 

 

 

『迷子論』

堀切直人著。

1981年12月5日初版発行。函帯完本。装丁、片山健。題名を聞いただけで読みたくなる本がある。『迷子論』なんという魅惑的な題名であろうか?しかも装丁があの「片山健」。ツボにはまり過ぎているではないか?
といっても本書は「迷子」について本格的に論じた本ではなく極めて正統派の文藝評論。泉鏡花や佐藤春夫、江戸川乱歩などが論じられている。総じてこれらの作家の「幻想味」に魅了されることを著者は象徴的に「迷子」といいたかったようだ。私としてはこういうケレンは好きではない。『迷子論』なら堂々と「迷子」という現象について真正面から論じて欲しかった。そうなっていたなら本書は、南川泰三『小さな柩』(ブロンズ社)(根暗本の項参照)のような傑作本となったことだろう。残念である。本書はあまりでない。古書価は3000円程度。片山健の装丁がすばらしいので、片山フリークの方はぜひ買ってください。

 

 

 

『忘れる月の輪熊』

片山令子著。

初版1981年7月10日。フランス装、ビニカバ完本。軽装版。片山健装丁・挿画。片山令子は片山健夫人にして童話作家・詩人。本書は童話というより幻想的な大人向けの物語集である。総じて寓話的な作風で面白い。片山健の挿絵が入っているので、そちらのほうでも楽しめる。本書は良く出る。古書価も1000円程度。童話が好きな人はぜひ買ってください。