復活 必殺 2007

  

(講演日・2007年7月11日(水))

 

 

 

 1996年春。
 わたしは横浜・関内の映画館で映画を観ていた。
 題目は「必殺! 主水死す」。

 この映画はテレビ時代劇シリーズ「必殺仕事人」の最後の映画版であり、主役である「中村主水」(演・藤田まこと)が死亡するということで、まさに鳴り物入りで公開された映画である。噂によると「中村主水の葬式」まで松竹撮影所でとり行われ、「本当に「必殺」はこれで最後」であるらしい。わたしは息をこらして中村主水と映画「必殺」の行方を見守っていた。

 ラストシーン・主水とその敵(かたき)役が立てこもった掘っ建て小屋が爆発する。そしてエンドタイトル。回転するスタッフロールに被さるあまりに哀切な葛城ユキの主題歌「哀しみは花びらにのせて」。

 わたしはもう本当に「必殺」はこれで最後だと思うと溢れるナミダを止めることは出来なかった。

 思えば小学生時代から20代後半の今日まで「必殺」はわたしに寄り添うようにいつも身近にあった。テレビ・テレビスペシャル・六本作られた映画などそれぞれに思いいれは深い。

 なぜわたしはそれほどまでに「必殺」に魅了されたのか?恐らくその答えは中学時代にクラスのいじめられっ子として、どぎついほどにいやらしい悪意をクラス全員から受けていた経験が「必殺」に登場する、力ある者に踏みにじられ、殺されてゆく薄幸な女・子供・老人たちとオーバーラップしたためであろう。

 仕事人たちよ、力なき我に代わってこのうらみ、存分に晴らしてくれ、、、わたしの「必殺」に対する願いはいつも同じであった。

 しかしその「必殺」が終わる。

 葛城ユキの主題歌が終わると同時に映画館が明るくなった。わたしは夢から覚めたように呆然とした。本当にこれで「終わった」のだ。わたしはわたしの青春が終わったことを「必殺」の終了と共に実感した。ナミダが頬を伝った。弱き者のウラミを晴らしてくれる者などもういないのだ。わたしは「必殺」に甘え、凭れていた自分自身を反省すると同時にこう思った。



 「夜が来るのだ。夜が。一片の感傷さえ許されない夜が。一瞬の油断によってさえ社会から踏みにじられ、抹殺されてゆく残酷な時代が来るのだ。」



 それはまたわたし個人の暗い未来への予感に止まらず、この国の長期不況を予感させる残酷な認識であったのであろう。
 そして1996年から十年の年月が経った2007年。わたしは某職場の過酷な労働が原因で身体に異常を来たし、東京から郷里の秋田に帰っていた。




 そんなある日わたしは新聞を見ると眼を疑った。なんと「必殺」が復活するというのだ。主役は東山紀之、もちろん藤田まことも出演、松岡昌宏や大倉忠義といった俳優陣も新たな仕事人として登場するという。わたしは放映日をひたすら待った。まるで自分の未来を予測するかのように。
 そして2007年7月7日夜9時。あの「必殺」が帰ってくる!わたしはテレビの前に釘付けとなった。死んだはずの中村主水がまるで「ぶざまに生き延びた」ような風情で画面に登場する。わたしは主水の老けこみぎみに10年の歳月の重みを感じた。そして「仕事人」の新しい主役・渡辺小五郎の登場。あまりに老けすぎた主水からバトンタッチしての「必殺」の主役である。わたしは渡辺小五郎がかっての藤枝梅安や念仏の鉄に匹敵する名主役として「必殺」の歴史に名を連ねてほしいと切に祈う。そして新・仕事人、絵師の涼次やからくり屋の原太が華麗にブラウン管に舞う。
 
やや脚本面に甘さが感じられるもののわたしとしては今回の「必殺 2007」に合格点を与えたい。あとは主役の東山紀之がどれだけ成長して仕事人としての渋みや重さを出していけるのかが今後の課題であろう。



 「なかなかこねえもんですなあ、、、仕事人のいらねえ世の中・・・」



 これは今回の「必殺 2007」での中村主水のセリフである。政治家の汚職が相次ぎ、格差社会に対する怒りが仕事人たちを2007年に呼び覚ましたのだろう。



 中村主水なら恐らくこう続けるだろう。



 「こんな世の中ぢゃおちおち死んでもいられねえや・・・」


 見事に復活した仕事人たちよ。これからも延々と弱き者や庶民の怒り、ウラミ、ツラミを晴らしてくれ!

 「必殺」の復活と共にわたしもまた青年期の元気を取り戻そうと思う。そうでなくては仕事人たちに申し訳がない。
 「必殺」は不滅なのだ。庶民のナミダがこぼれる時、仕事人たちは必ず甦る。これからも悪人どもを地獄に送り続けてくれ!頼むぞ、仕事人。弱き者たちの守護神よ。



 「一年三百六十五日、鵺の鳴かぬ日はあれど、悪人笑わぬ日とてない。・・・・・南無阿弥陀仏。」

 

 

追記:2010年2月17日、中村主水役の藤田まことさんが亡くなられました。こころからご冥福をお祈りいたします。合掌。(2010・2・22)

 

(黒猫館&黒猫館館長)