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井波彫刻は、浄土真宗大谷派井波別院瑞泉寺と深いつながりを持っています。瑞泉寺は明徳元年(西暦1390年)
後小松天皇の勅許をいただき、本願寺五代綽如上人によって創建されました。しかし、西暦1580年、戦国時代の
一向一揆の戦乱の折り、富山城主佐々成政によって焼き討ちされました。その後、宝暦年間(西暦1774年)の再建
の折り、京都本願寺の御用彫刻師前川三四郎が派遣され、この時地元大工、番匠屋九代北村七左衛門ら4人が
これに参加し、前川三四郎について彫刻の技法を習ったのが、井波彫刻の始まりです。
楠・欅・桐を材料として、欄間・衝立・パネル・置物としての天神様・獅子頭、特に欄間においては荒削りから仕上
げ彫りまで、200本以上のノミ・彫刻刀を駆使する高度な技術を持ち、彫刻産業として全国一の規模を誇っています。
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