第41章  言葉は生きもの(2)

 

 

(前 略)

 

 

間違いなくいえることは、俳句作者たちも川柳作者たちも、どのような境界が存在するのかはほとんど気にすることもなく、そ

 

れぞれが境界だと仮想する線にそって、たくみに住みわけているということであった。それはなんとも不思議な“伝統”であった

 

が、ときどき両者の違いについてしつこく問いただされることがあると、俳句作者も柳句作者もおなじように、

 

「俳人がつくれば俳句、柳人がつくれば柳句」

 

と、そっけない応えをかえしてみたり、

 

「発表誌が俳誌なら載った作品は俳句、発表誌が柳誌ならば載った作品は柳句」

 

と木で鼻をくくったような返答をしていたし、

 

「所属が俳句道団体なら俳人、柳句団体なら柳人」

 

などと逃げまわってばかりいるのであった。

 

(中 略)

 

 

ところが、国策によって柳句が国語改革を進めるうえで学校の義務的必修の科目になると、やがて柳句と俳句道それぞれのがわ

 

の多くの作者たちは、堂々と意識的に、たがいに双方の領域にはみだしはじめることになったのである。

 

 

(中 略)

 

 

さまざまな分野での世襲は、ナオの国ではめずらしいことではなかった。世襲の慣わしは、ある分野の内部で発生するやたらな

 

主義主張をおさえ、無益な競いあいを鎮静化させると信じられてきたのであった。いってみれば世襲こそは、住み分け作用が頂点

 

に達した、みごとな慣習例なのであった。

 

伝統的といわれる芸術・芸能・稽古ごとの世界でも、世襲は“常識”なのであった。

 

 

(中 略)

 

 

そもそもナオの国では、官公庁すらもうまく住みわけているのであった。省庁間の住み分けは、ときに縄張りだの縦割りだのと

 

いわれて、批判のまととなってきたのであった。さらに、そのような住み分けはおなじ省庁内のちがう部署にも存在していて、じ

 

っさい、伝統芸術などの保護を所管する部署の考えかたは保守的で、世襲には好意的な見方を示したのであり、国語改革をになう

 

部署の考えかたは、進歩的で、逆に世襲を忌みきらっていたのであった。仕事をすすめるにあたっては、重要文化財を指定する部

 

署と国語改革を主導する部署とは、たがいに連絡はもちろん、干渉すらしあうはずもなく、俳句道を重要無形文化財に指定したこ

 

とと、柳句を国語改革にとりあげたこととは、なんらの連携もなしに行なわれたのであった。そのような官庁の住み分けが幸いし、

 

世襲制度のまだ浸透していなかった柳句が、ハイクとして海外にまで広まっていた俳句道をおしのけ、国語改革推進の目玉のひと

 

つに推しあげられたことは幸いであった。

 

(中 略)

 

 

古くからいわれてきたことだが、人類は道具をつくる能力にめぐまれている。その道具を進歩させてくれているものが、言葉で

 

あることに間違いはないのである。かの、言葉がさほど上手ではなかったであろう旧人たちの使った道具類は、原人たちから受け

 

ついだそのままの機能にとどまり、ほとんど新しい方向へと発展しなかったのであった。道具の進歩にみはなされた旧人たちは、

 

生存の営みの経験だけから得られる、既知の物知りの範囲にとどまったまま、亡んでしまった。言語機能をつねに最大限に育てつ

 

づけてきた現代人類の祖先=現生人類だけが、新しくかんがえだした道具を駆使して、さらに飛躍的な新発見や新発明を行なう才

 

能に恵まれることになり、いまでは自然界の諸現象の予測や予知についても、野生生物をはるかに越えた能力を発揮できるように

 

なったのである。

(中 略)

 

 

一方で言葉の質の違いは、言葉の淘汰としてはたらき、ここわずか4、50年のあいだに、全星の6千ともいわれる言語のうち

 

5百にちかい言語が、古い話し手たちの死去とともに失われてしまったのであった。交通と通信のめざましい発達が経済活動をグ

 

ローバル化し、全星の共通語というべき言葉がおのずと認められ、同時に、言葉の違いで区分する住み分けの境がとりはらわれだ

 

したということなのであった。言語の多様性の価値を認めようと認めまいと、言語の種類はしぼられてきているからなのであった。

 

人類は、“強い言語が弱い言語を駆逐する”という現実に直面することになってしまったのである。

 

言葉をもって他の霊長類を圧した現生人類ではあったが、こんどは全星の人々は、言葉の違いによる住み分けをこのまま守りつ

 

づけていくと、言葉がもつ脳への作用の差異によって、いろいろな活動をリードする強い言語をもつがわと、いつも先進文明に追

 

随する弱い言語をもつがわとにわかれてしまうことに気づいたのであった。全星をリードする強い言語とは、新発見を行っ

 

たり新発明を為したりするのに適した、論理的な思考能力をはぐくむ言語をさすのであった。

 

 

 

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