第39章  進む国語改革(2)

 

 

(前 略)

 

 

たしかに第二次全星戦争終結直後は国民の誰もが、敗戦とは、単に戦(いくさ)に敗れたのであって、それはたまたま武運が拙

 

つたな)かっただけのことで、文明の落差に原因があったなどとはかんがえたくもなかったはずである。

 

 

(中 略)

そして

 

その後は、あまりにも長いあいだ漢字になじんでしまったおかげで、物ごとを合理化して絞りこむよりも、より複雑化・拡散化の

 

方向へ進む思考になじんでしまったのであった。まさに漢字そのもののもつ特性が、そのまま民族性に反映されているかのような

 

のであった。四方を海にかこまれて育まれる民族性と漢字がもつ放散性とは、相乗効果をあげているようなぐあいであった。衝撃

 

的な言い方をするならば、漢字にふりまわされてきたということになるのだろう。

 

 

(中 略)

 

 

かんがえてみれば、交通・通信の発達した時代では、固有名詞は、星中で話されるそれぞれ別々の言語で発音される必要性はす

 

こしもない。固有名詞は、はじめて生まれたその国の言葉の発音どおりのままで、じゅうぶんに意志が通じあえることではないか。

 

外国で発明されたコンピューターを、わざわざ電算機と言いかえる必要はないし、レコードプレーヤーを、蓄音機などと無理やり

 

漢字化する必要もない。アップルパイをわざわざ、りんごパイと書き改める必要はなく、どこの国へ行ってもアップルパイのまま

 

で一向に支障がないのである。当時、あの漢字信奉の泥沼に陥っていたころ、よくもまあバナナを、“黄房果”などと置きかえな

 

かったものである。

(中 略)

 

 

ともあれ、3年まえに国語改革がはじまってからというもの、漢字は視覚と暗記力にたよる文字様式だとされて、漢字存続支持

 

者の数は急速に減少し、あの第二次全星戦争直後の国語改革で字数制限をされたときとは、くらべものにならないほど改革は進展

 

をみせているのであった。科学技術立国を自負していればこそのナオの国での、民族伝統の礎をくつがえす断固たる漢字廃絶策は、

 

国語改革第1の柱である〔多種多様複雑な文字表記の完全廃止〕の目標にむかって、着々と効果をあげつつあるのであった。

 

また、国語改革第3の柱〔第二公用語および理想言語の固有名詞の、国語への混用容認〕の方針にしたがって、外来の固有名詞

 

はできるだけ原語の発音をいかし、仮名で置きかえられるか、理想言語表記そのままで国語へ混用されているのであった。ナオの

 

国の伝統的な手法である、例外や暫定措置はあるものの、国語改革は第2の柱〔語順に慣れるための柳句の活用〕を加えた3本柱

 

を軸に怒涛の勢いですすんでいて、公的な場での漢字使用を完全に廃止することができたのであった。

 

その、まるで民族全体の血液をいれかえようとするに等しいほど強引な国語改革の断行を、言語統制ぎらいの国民性にさからっ

 

て強烈な後押しをしているのは、あのカルチャーショックの大波なのであった。巨人族の言語採択のさいにその裏づけとなった考

 

えかたは、カルチャーショックの大波となって、ナオの国の文化の根源をくつがえすほどの転換を、やすやすと押しすすめている

 

のであった。

(中 略)

 

 

今回の言語改革大事業は、ナオの国にしてはめずらしい“お上の達し”による大改革ではあったが、言葉の改革が国策によった

 

ことへの疑問は、多くの関係学者や文筆家や、ジャーナリストのあいだに根強く残っているのであった。

 

 

(中 略)

 

 

けれども今回の国語改革も、海外から押し寄せてきたカルチャーショックの大波に乗って強引に断行されてしまったので、彼

 

らは抵抗勢力にすらなり得なかったのであった。不満が内にこもったまま、表立った動きを示すこともなく、まるで地下にでも

 

潜ったように、「言語は国策などにより性急な転換を加えるべきではない」と、ひっそりと語り継いでいるだけであった。

 

 

(中 略)

 

 

そのようなわけで、ナオの国での国語改革や言語規制が国策として行なわれることの是非への答は、国語改革の話がもちあが

 

るたびに議論されてきた過去とおなじに、おそらく今後も、これといった結論がでることもなく、さき送りされつづけることに

 

なるだろう。そして、その答がでるのはたぶん、理想言語という与えられた言葉――いわば強制された言語――の訓練を受けた

 

巨人たちの営む世界が全星規模にまで広がっていく将来、自然立地の環境条件の差異によって変化が現れてくるかどうかの時だ

 

ろう。

 

 

 

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