第3章 言語の選択(1)

 

全星会議での決定結果の興奮がさめやらぬうちに、巨人移行計画委員会が組織され、人間相互のコミュニケーションにとって大

 

事な、言語、生活慣習上の決まり、経済活動や科学技術、真理探究にかかせない記数法、また、人々の生命財産を保護する法律や

 

諸制度を選ぶために、その全星巨人移行計画委員会のもとに、分科委員会が組織されたのであった。

 

 

(中 略)

 

〔普及度の高さ〕

 

経済力がつよく、現在のところ全星でもめざましい発展をつづけつつあり、最新鋭をほこる軍隊を完備している強国の主張には、

 

なんといっても説得力があったのである。その国は建国後250年にもみたない歴史のあさい国であったが、その国で使われてい

 

る言語はもうすでに6、70年以上もまえから、インターネットでの基本言語、つまりネット上の共通語とでもいう地位を獲得し

 

ていたのであった。

(中 略)

 

〔国語としての美しさ〕

 

自国語の美しさを主張する国はたいへん多く、ほとんどの国が推薦理由のひとつにくわえているのであった。

 

しかしどこの国の言葉も、自国というわくの中だけで比較するかぎりではそのとおりなのであって、美しい国語を保存しようと

 

する志向は、自国語の乱れをうれえていうときの偽らざる願いなのであった。

 

 

(中 略)

 

〔伝達機能の高さ〕

 

いくつかある言葉の役割としては、文学的美しさのほかに、意志の伝達も重要な役目なのであり、自分の意志を正確に相手側に

 

つたえることは、日常における言葉の役目のひとつである。文字が考案されなかったり、他国でかんがえだされた文字の伝播がお

 

そかった国々では、文字を得るまでの長いあいだ、国の歴史や、代々の王のいさましさや功績を伝承する役目は、“語り部”の仕

 

事であった。言葉が音楽のように語られるとき、聞く者には心地よくひびき、また記憶されやすいものである。記述文字が考案さ

 

れる以前から、あるいは楽器というものが考えだされるよりもまえから、言葉は音調と一体となって、過去の出来事をつたえてき

 

たものであった。

(中 略)

 

 

〔簡便さ〕

 

「わが国の言葉は語彙がすくなく、動詞活用などに関係する文法上の例外もきわめてすくない、じつに簡潔簡便なものである。

 

文字や数字を媒介にして、コンピュータにほとんどを記憶させてしまう時代であればこそ、ぜひ、わが国の言語が採用されるべき

 

であろう」

 

そのように、誰にでもすぐ簡単におぼえられる言葉だからぜひ採用すべきだと、自国の母語を売りこむ小国の代表委員もいたの

 

である。

(中 略)

 

 

「右か左か、言葉を左右するどちらの脳で理解するのかはともかく、他の動物と人間を区別する唯一のあかしとなるものが言葉

 

なのであり、《文は人なり》との格言があるごとく、言葉は人間そのものでさえあり、ことなった言語おのおのは、まさに民族性

 

を反映しているのである。民族性は、その土地にながく暮らした人々の集団が、その土地の環境、とくに気象条件、気候の暑さや

 

寒さ、そこから強い影響をうけて形成される資質だ、ということになる。《言語は民族性そのものである》ということだ」

 

 

(中 略)

 

 

言語学者はもちろんのこと、脳科学、表情科学、演劇理論学、人体機能工学など、言語にとくべつ関係の深い専門家で組織され

 

た言語採択のための分科委員会では、言葉のはじまりにまでさかのぼったり、いっきに時代をくだり大脳研究の最先端成果がとび

 

だしたりしながら、「言語とは何か」「言葉はどうあるべきか」などの根源問題が、あらためて論議されたのだった。

 

 

(後 略)

 

 

 

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