第25章 国語改革の行方

 

 

(前 略)

 

 

今日そのように、幾種類もの表記様式が混在するまことに奇態にして混沌たる言語となったのは、近代にいたるまでの長いあい

 

だ、国策による言語統制というものが行なわれなかったことが第一の原因なのであった。陸続きの国境をもつ国々によくあるよう

 

な、他民族に征服されて、無理やり征服民族の言葉を使うように強いられたその結果、従来の母語と入りまじり多様化してしまっ

 

た、などの事情ともまったくちがっていた。

(中 略)

 

 

さて、国語改革を推進したり賛成したりするのが小説家や国語学者などの有識者ならば、改革にブレーキをかける役目をする守

 

旧派となる側の人たちも、著名な小説家や国語学者らたくさんの知識階層なのである。しかしこのときの第2回目の国語改革では、

 

守旧派の抵抗はほとんど見られないまま改正手続きが進んだのであった。それは、第二次全星戦争での敗北が、じつにこの国の文

 

明のあり方の殲滅的敗北であることを、痛いほど身にしみて感じたからなのであった。

 

そのように第2回目の国語改革は、やはり第1回目のときとおなじようにカルチャーショックが原因となって断行されたために、

 

いちじるしい効果をあげることができたのであった。

 

(中 略)

 

 

しかしながらその後、民族独特の勤勉さによって一大経済発展が成しとげられると、なしくずし的にこの国古来の文化を尊重し

 

ようというムードが、国民のあいだに広く強まってきたのであった。しかも奇妙なことには、この国古来の伝統文化とはむかし大

 

陸の大国から受け入れた、あの複雑な文字表記様式を基盤に発展した制度、芸術、その他をさしていうのであった。そして、複雑

 

な文字表記様式を大幅に減らすことに成功した第二次全星戦争直後の改革は、はやばやと見直しが行なわれるようになり、慣用的

 

で実用的な多くの文字が復活することになってしまったのであった。

 

(中 略)

 

 

そうしたところへ、3度目のカルチャーショックの波がおしよせてきたのであった。またまた渚線の外側から、大津波が襲って

 

きたのであった。あの西洋文明を劇的に、かつ、頭から怒涛を浴びせられようにしてとり入れてから170年、第二次全星戦争の

 

敗北から100年も経ったというのに、なお多くの国民は、未来文明発展への保証が言語にあることを、まだ悟ってはいないので

 

あった。すなわち、ナオの国の文明は真の意味では、未だ“開化”していなかったのであった。

 

その3度目の国語改革は、国の言葉の有用性とか将来的価値というものをいっさい認めない、一大転換なのであった。それはま

 

るで、草食動物を一夜にして肉食獣へかえてしまおうとでもいうような、“強引な試行”なのであった。

 

『柳句の効用』には今回の改革として、つぎの3本柱がすえられたと書かれていた。

 

第1の柱  〔多種多様複雑な文字表記の完全廃止〕

 

第2の柱  〔語順に慣れるための柳句の活用〕

 

第3の柱  〔第二公用語および理想言語の固有名詞の、国語への混用容認〕

 

 

(中 略)

 

 

けれども、海をこえた大陸の大国からとり入れられた、あの膨大な数を誇る文字表記様式に慣れ親しんできた高齢の人々は、お

 

おいに嘆くことになったのである。

 

「墓石に〈先祖代々之墓〉と刻むことができなくなってしまう。ご先祖さまにたいして、これほど申しわけのたたないことがあ

 

ろうか」

 

ナオの国の西方に位置する、海をこえた大陸の大国からとり入れられた文字表記様式は、230万光年を離れたこの地球上では

 

《漢字》といいならわされてきたので、以後この物語のなかでも、便宜上そのようによぶことにしよう。

 

 

 

目次へ戻る    全文登載版を見る    Home Page