─  奇 想 随 筆  ─

 

言葉は戦いの道具

 

〔あなたは信じますか〕

 

人類の祖先たち、たとえばアウストラロピテクスやホモ・ハビリス〔猿人=前人〕、ホモ・エレクトス〔原人〕、

ネアンデルタール人〔旧人〕たちは、争い事を自分のほうに有利に導くために、素手を振るったり噛みつくことで、

つまり、腕や顎の力ひとつを頼りに解決を図ってきた。それはとりもなおさず動物たち、殊に哺乳類が常套的にと

る同種族間での優劣の決着方法なのである。20世紀の現在、ヒト同士の間ではそのような行為は暴力と定義付け

られている。

人類初期の同胞である猿人や原人たちは、250万年も前から簡単な石製の道具を使ったようだし、450万

年前には木製の槍を作ったらしい。しかし、彼らはそれを人殺しのためには用いなかった。今から10万年ほど前

から現れた〔新人〕は、同族を殺すために道具を使いだした最初の人類だった。初めは傍らにあった石ころや棒っ

きれを咄嗟に拾って、投げつけたり殴りかかったりしたに違いない。

その辺までのいきさつは、アーサー・C・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年

宇宙の旅」の幕開けシーンにも紹介されているが、映画では人類最初の殺人道具を、大型獣の大腿骨と見立ててい

る。

その歴史的一大事件(武器の発見)は5万年ほど前の出来事であったと推定できるが、その行為こそはクロマニ

ョン人の大脳の飛躍的な発達を促すきっかけとなった。このとき同時に、言語が発生したからである。

発見は偶然の賜物、行き当たりばったりの観がある。いずれその事件をきっかけにクロマニョン人たちは、ハー

ドウェアとしての道具である武器と、ソフトウェアとしての意思疎通の道具である言語を同時に獲得したのであっ

た。そして、初めクロマニョン人たちは言語の誕生にはさほど興味を示さず、武器の改良のほうに夢中になってゆ

く。棍棒に石を結わえつけたり、弓矢を考え出し、石の矢尻を器用に成型したりした。

尤も、アカディミックな学説は現在のところ、武器の発見と言語の発生を直接結び付けて考察していない。しか

し、厳密な推測の結果によるわが瓢きんな私説は、同時発見の立場をとっている。

 

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寒冷と温暖を繰り返す厳しい気候の中で、ネアンデルタール人とクロマニョン人は、それぞれ小家族あるいは小

集団を構成し点在していた。棲む地域は異にしていたが、ネアンデルタール人とクロマニョン人の共存は、少なく

とも5、6万年もの間続いていた。やがて繰り返し訪れる氷河期が寒さと恒常的な食糧不足をもたらすと、現代人

の祖先とされる栄光のクロマニョン人たちは殺人道具を発見するや、ネアンデルタール人といわず同じクロマニョ

ン人といわず、狂ったように隣接集団に戦いを挑んだ。

好戦的なクロマニョン人は次第にネアンデルタール人を駆逐する。死者に花を手向ける習慣を持ち、老人や身障

者を大事にした温和なネアンデルタール人は、今から4万年前以降、完全に滅んでしまうことになる。共存の最後

のわずか1万年にも満たない短期間内に、クロマニョン人とネアンデルタール人の入れ替えが進んだ。

旧人ネアンデルタール人が滅んでしまうと、新人クロマニョン人が襲う相手はもっぱら同じクロマニョン人だけ

になってしまった。

ホモ・サピエンス〔知性人〕たるクロマニョン人が、棒っきれにしろ石ころにしろ野獣の骨にしろ、喧嘩に勝つ

ためには道具が重要な役割を果たすものだと確信しだす側面的状況に、体毛の減退がある。猿人や原人にくらべて

次第に体毛の薄くなり始めていたホモ・サピエンス同士が殺し合いをするには、当初から簡単な道具で十分であっ

た。小型の道具ではマンモスを直接倒すことは至難のわざである。

どの地域のクロマニョン人たちも、マンモスを直接襲うよりも、マンモスを仕留め意気揚々と引き上げてくる隣

接のクロマニョン人集団を襲ったほうが、食糧に乏しい氷河期の戦略としては頭脳的であると考えた。そこで、石

斧や弓矢で仲間を襲いマンモスを横窃りした。

山賊行為もクロマニョン人にとっては、神の意にかなう正当な手段だった。今日公正な見方をすれば、結氷期の

乏しい食糧の争奪に奮戦しただけだとしたほうが当たっているかもしれないが、戦いに道具を使ったために、負け

る相手方のダメージは決定的、つまり、たいていの場合は死に至ることになった。

体毛の薄いヒトに対して最も効果が大きい武器は弓矢だった。時が進むにつれて材料も次第に改良され威力も増

した。飛んでくる矢の防御用具としては、敵味方とも厚い獣皮で体毛の薄さをカバーする方法を採用していたので、

矢尻の威力の改良にはますます磨きがかけられた。

殺人のための道具造りが器用なクロマニョン人の祖先たちは、なぜか洞窟の壁画を上手に描き残した。3万年以

上も昔からのことだった。壁画描写の習慣は文字の発明をうながしたのだろうか。

特筆すべきことは、相手方を燻り出すため、焼き殺すために、クロマニョン人が火をはじめて新型兵器として人

類史上に登場させたことである。

 

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《はじめに言葉ありき》とは言われるものの、言語発生のきっかけが道具を使った喧嘩だったので、人類最初の

発声は「このやろう」などの激情や、「いたい」などの身体的苦痛を咄嗟に言い表したものとなった。攻撃を受け

たが即死に至らなかった者の発した音声は、「くるしい」という意味の言葉の原型となった。

もちろん、当初の発声はきわめて不明瞭なもので、言葉と言えるかどうか怪しいものだが、動物の咆哮や呻きと

は明らかに区別され得るものだった。後には次第に、「こんちくしょう」「おぼえてろ」などに相当する、悔しさ

や反撃の意味を持つ言語も形成された。

戦いの道具が発達するにつれクロマニョン人の大脳は飛躍的な役割を獲得しつつ、使用される語彙も豊富になっ

てきた。夕闇迫った戦いの場での、敵味方を識別する合言葉すら使われた。一方、ネアンデルタール人が壊滅的な

打撃を受けた理由は、言葉の駆使が遅れてしまったからである。

群れをつくる習性を持つ動物たちの間では、ごくわずかの発声や動作による意思伝達が尊重される。無駄な声を

発して群れの存在を知られたり、肉食獣の接近の発見が遅れたりして、みすみす餌食にならないための知恵である。

ネアンデルタール人は、阿吽の呼吸で物事を運ぶことに慣れきってしまっていた。旧態依然とした慣習にこだわり

続けてしまったのだ。

比べてクロマニョン人は、言葉で互いに意思を疎通させることができた。集団戦では危険が迫っていることをす

ぐさま味方に知らせる言葉を掛け合って、形勢をいつも有利に導いていた。大声だが、せいぜいわめき散らす程度

の発声システムから脱し得ていなかったネアンデルタール人は、クロマニョン人と遭遇するたびに仲間を少しずつ

減らしていった。

 

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頭のいいクロマニョン人たちは現代に至るまで、その長い頭脳発達の時間のほとんどを、争い事の決着をできる

だけ早くつけるための道具を改良することに腐心してきた。その結果、弓矢や槍や石斧は青銅や鉄の剣を経て、鉄

砲、ピストル、自動小銃などに替わり、さらに船や飛行機に武器を装備し、軍艦だの爆撃機などと称している。き

わめつけは核分裂装置を大型ロケットに搭載したミサイルで、殺人道具の工夫具合はいよいよ佳境に入ってきた。

攻撃道具が目覚しい発達を見せる一方で、鎧、兜、盾、防弾チョッキなどの防具の改良が遅いというギャップを

生じている。そのため現今では、トーチカや核シェルターの建設よりも、目には目をではあるまいが、大陸間核ミ

サイルのような攻撃には、迎撃ミサイルで対抗するように考え方が変わってきている。また、何キロも離れた地点

を高速で移動する金属塊、たとえば巡航ミサイルを、一瞬のうちに蒸発させてしまう光線銃開発の構想も進められ

ている。

映画「2001年宇宙の旅」では、人類が考え出してきた道具の発達過程はいっさい省略し、放り上げられた最

初の道具=大型獣の大腿骨が、降りてきたときには木星へ向かって航行中の超近代的機械=スペース・シップに早

変わりしていた。スペース・シップに積み込まれたコンピュータ〔ハル〕は、人殺し好きのクロマニョン人の魂が

乗り移ってでもいたかのように、やがて殺人鬼に変貌する。モノリスの謎は誰が解くのか。

いずれにせよクロマニョン人のあらゆる道具は先ず殺人目的で考え出され、次いで平和時の民生利用に振り向け

られる。一気に広範囲の敵を殺し、相手方に強烈なダメージを与える目的で造られた原子爆弾の原理が、その後は

主に電気を起こすことに用いられているように。

《ペンは剣よりも強し》

クロマニョン人がごく近年になって自ら考え出し、大いに幅を利かせたかに思われたこの殺し文句も、20世紀

の終わりに至って、ついに現実を乖離したあやしいキャッチフレーズに見えてきた。

 

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一対か一対一か枯野人       鷹羽狩行

遠くから見える枯野に動かない二人の人物。果し合いか仲の良い二人連れか。

このところ日本の国会でも与野党党首対決が行われだした。現今の国会を政治的枯野だと言うつもりは毛頭ない

が、もちろん舌、いや言葉を使ってである。党首討論はイギリスの議会を真似たのだそうである。相対する距離は

これもイギリスに倣って、激した一方がいきなり剣を抜き払っても「鼻先一寸のところで空を切る位置」だそうで

ある。

相手がシラノ・ド・ベルジュラックだったら…。心配ご無用、彼はフランス人だった。佐々木小次郎なら…。

クロマニョン人の次に現れるホモ・ワーディアンス〔新言人〕は、言葉を武器に戦うことになる。言葉を巧みに

操って相手を骨抜きにしたり、ストレスに陥らせることができるのだ。また、言葉たくみに誘導して相手を罪に陥

れ、貴重な歳月を牢獄でむなしく過ごさせる策略も正攻法の一つである。讒言をなして競争相手を左遷されるよう

に仕向けたり、失職させることも実力のうちとみなされる。さらには、かなり大昔に行われた方法=呪詛、この呪

い殺す技も復活することになる。

陰惨きわまりない攻撃方法の一つに、いびり出しという手も使われる。音頭をとる老獪な一人が近くの数人に言

葉をかけて回り、巧みに俄か仲間を組ませ、自分が気に入らない者を爪弾きにしてしまうのである。そんな汚い手

ですらも、ホモ・ワーディアンスには正当な戦いの手段なのだ。クロマニョン人全盛の20世紀末にはそのような

行為は卑劣とされ、明らかに「いじめ」とみなされていたのだったが…。

日常生活でのホモ・ワーディアンスは、あるときには敵になったり別の折りには味方になったりして、自分自身

にふりかかる複雑な攻撃を排除することにも専念する。要するにホモ・ワーディアンスの友情はいつもいい加減な

のだ。そこで、剣の一振りが届かない距離を保っての言葉巧みな応酬は、日常のあらゆる場所で行われ、トーナメ

ント方式で勝者がより上に勝ち進み、富や名声をものにする。

ホモ・ワーディアンス〔新言人〕の骨は西暦2000年1月現在、地球上のどこの遺跡からも発掘されていない。

なぜなら、彼らは21世紀に現れる新人類だからである。21世紀まではわずか1年足らずとなったのではあるが、

きっかりと2001年に出現するわけでもあるまい。2090年代になる可能性だってある。しかし、新言人誕生

の兆しは今から確実に、有る。

そしてわが瓢きんな私説によれば、先ず日本に誕生するのだ。

 

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言葉による攻防戦=舌戦の鍛錬には、短詩型文芸が最適であろうことは早くから予測されていた。言葉は太古の

昔から、リズミカルに発声すると覚えやすい。五・七・五・七・七・五・七・五…と。それは、戦いに臨む戦士を

鼓舞するリズムに共通するからなのであろうか。

さて、短歌は明らかに口論向きにはできていなかった。長過ぎるのである。源平合戦ではあるまいし、前段で己

が生国のいかに麗しきかを述べ、後段で自分がこの戦いに臨まざるを得なかった理不尽をなげくなどは、簡潔明瞭、

迅速を旨とする21世紀の意思伝達方法としては不向きなのである。

俳句は十七音と短いものの、重々しすぎる嫌いがある。原因は旧仮名遣いにあることは明白である。…けり、…

かな、…ござる、…にて候など、戦国時代の昔、戦さの専門家として尊敬されたクロマニョン人たる《武士》が、

天下泰平の徳川の世に入って出番を失い、以後《侍》と称して名ばかりの威厳を保つために交わしたような言葉遣

いは、21世紀の世界では迫力と押出しに欠けることになる。

そこで必然的に、川柳が最適の訓練形態だということになってくる。

川柳には五・七・五とリズムもあり、短歌よりは短く簡潔である。そして何よりも、口語を用いる強みがある。

攻撃用としても防御用としても、言葉の訓練には川柳が最適であると認証され、その結果義務教育にも採用され、

男女を問わず年少のころから身につけることになった。そしてまた、ホモ・ワーディアンスは尊厳をたいへんな誇

りとしたので、それを保ち続けるために、高齢になってもますます言葉の鍛錬に勤しんだ。

かくて21世紀の末になると、すなわち今から100年後のことであるが、短歌と俳句はまったく廃れてしまう。

不思議なことに、あの好戦的なクロマニョン人に引き継がれ、誰にも矛盾そのものに見えた「いとおしみ」の心、

つまり、かの温和なネアンデルタール人が持っていた、死者に花を手向け、深手を負って身障者となった仲間や時

代に取り残された老人を大事にする心は、ホモ・ワーディアンスにも引き継がれることになる。いまアカディミッ

クな人類学分野では、盛んにネアンデルタール人とクロマニョン人のDNAが比較研究されているようだが、どの

程度まで共通性が見つかるだろうか。また、ホモ・ワーディアンスとの共通個数は。

 

さて、みなさんはこの作り話を、どこまで信じることができますか?

 

《 川柳誌『すずむし』平成12年1月号掲載 》

 

 

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