切れ字「や」の役目

 

向 井 未 来

〖9〗

 

先述の例は2度目の切れがごく軽い場合でしたが、さらには、強い切れ字《や》が用いら

 

れていても、別の個所でも同等程度に再度強く切れている句もあります。

 

たとえば、

 

秋涼し手ごとにむけや瓜茄子       芭蕉

 

のような句です。普通、上句で「秋涼し」と置きますと、そこで切れが入ることになります。

 

ですからもう、中句の《や》は不要なのです。そのような形の句は、5音を成す季語を用い

 

つつ、そこに切れを入れてまとめるときの通常の用法でしょう。

 

ところが、秋涼しの句では中句の《や》が、そこでさらに強い切れを生じさせています。

 

切れが2ヵ所に入った結果、上句・中句・下句の3フレーズは、ばらばらなかっこうになり

 

ました。そしてまた芭蕉の句では、切れが2つ強く入っていてさえも、音調の滑らかさが潤

 

滑油となり、五七五のリズム感を保ちつつ継ぎ目のない一行詩になっています。まことに言

 

葉選びは、舌頭に千転させてということなのでしょう。

 

2ヵ所に切れが入るような形になってはいましても、やはり強い切れは《や》が担ってい

 

るとしなければならないでしょう。俳句は省略や形〔かた〕が重んじられる文芸ですから、

 

季語の本意・本情によりかかりますように、切れ字の強い効果によりかかってよいはずなの

 

です。形〔かた〕すなわち切れ字のもつ約束事が崩れてしまいますと、通常の叙述文になっ

 

ていない

 

語句省略の詩歌を、理解し合えなくなってしまいます。

 

人間の脳内では何がどのように作用して、通常の語順を成さない言葉の意味を理解する手

 

助けをしているのでしょうか。

 

 

        戻る  進む → 10 11 12 13 14

 

 

 

 

大阪・難波駅 = 「特急ラピート」

 

 

 

目次へ戻る     Home Page