切れ字「や」の役目

 

向 井 未 来

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上句の末尾に《や》が用いられた場合、中句はたいがい下句とつながって1つのフレーズを形

 

成するのですが、中句のところでもまた切れる句があります。

 

行く春や鳥啼き魚の目は泪        芭蕉

 

蛸壺やはかなき夢を夏の月        芭蕉

 

名月や北国日和定めなき         芭蕉

 

などの句がそうです。

 

それぞれ「鳥啼き」「はかなき夢を」「北国日和」でも軽く切れ、それに続く語句や下句をは

 

っきりと修飾していないのです。通常の二句一章の形にはなっていません。上句末尾の《や》の

 

後の語句群が、1つの緊密なフレーズを形成していないのです。

 

上句に切れ字《や》があっても、その《や》以外にも切れが入っている形の句は、芭蕉の句に

 

かぎらずよく見られ、場合によっては三段切れだと評されることもあります。だが、2回目の切

 

れはごく軽いのであり、詠嘆や強調のための強い切れは、《や》1ヵ所にあるとみるべきでしょ

 

う。

 

こうした《や》以外にも切れがあるときの芭蕉の句は、1句全体の音調の滑らかさが、2度目

 

の切れの存在をまったく感じさせません。音韻の滑らかな組合せの助けによって、切れの力を《

 

や》へ集中させていく効果は絶妙と言えましょう。

 

 

 

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長野県長野市 = 善光寺郵便局

 

 

 

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