竿 燈 祭 り

向 井 未 来

東北北部の日本海側に位置する秋田は、短い夏を迎えるや、さまざまな行事が県内各地で行われる。東北

の夏は短いとは言え、近年は梅雨の明ける7月20日過ぎから、8月いっぱいは暑い日が続く。

しかし、海はお盆が過ぎると、波が高くなったり水母が寄ってきたりするので、さすがに海水浴は終わり

となる。

地方の夏の行事と言えば、七夕や盆に関連したものが多く、たいがい月遅れで行われる。だが、暦の上で

は8月8日頃が立秋なので、七夕や盆踊りは、俳句歳時記では秋の部に分類されることになる。全国的に知

られている秋田の夏の行事としては、秋田市の竿燈祭り、大曲市の全国花火競技大会などがある。

「秋田の竿燈」は、「青森のねぶた」「仙台のたなばた」とともに東北3大夏祭りとして有名で、近年は

山形の花笠祭り」を加え4大祭りとなって、東北の夏を賑わす一連の大イベントとなっている。

竿燈祭りは夏の暑いさなかの病魔、邪気を払う「ねぶり流し」が起源で、その歴史の早い段階でではあろ

うが、いつの頃からか七夕行事と合わさって、今日の姿になったそうである。稲穂をイメージした竿燈は、

吊り下げられる46個の提灯のうち、最上部には2個が下がっているが、よく見るとなるほど、その2個の

表側には必ず「七夕」の文字が書かれている。裏側には参加の町内名や企業名、団体名が書かれる。最下段

の4個には、表側に町内ごとに定められたという紋、企業や団体ならばその標章が描かれ、裏側には町内名、

会社名、官公庁名などが書かれている。

竿燈の竿先には御幣が付けられている。病魔や邪気などの災いを、御幣自身に乗り移す役目を果たすとい

うことである。御幣は祭り初日の朝に、八幡秋田神社からそれぞれ参加代表者が受け取り、最終日の翌日の

朝に竿燈から外され、旧市内を流れる旭川に流されるのだそうである。

竿燈祭りは本来はわずか1晩だけであったようで、戦後になり2日、3日と徐々に増え、10数年前か

現在の4日間の催しになっている。4日間となった理由は、観光客の方々が北の青森から順番に回れるよう

配慮してのことである。しかも4大祭りの開始日はそれぞれ、少しずつずらして遅らせているのである。秋

田の竿燈の場合は、昨年から全体の開催期間が1日繰り上がって、8月3日からの4日間となった。

竿灯の撓うにつれて身を反らす     中村苑子

観客は桟敷席に坐ったり、歩道に立ったままで演技を見物するのであるが、竿燈そのものが12メートル

もあり、それを人が肩や腰に載せたり手で高くかざしたりするため、けっこうな高さに揺れているので、ち

ょっとでも傾(かし)いだりすると、見ているほうは思わず身を反らしてしまう。しかし掲句は、今まで横に

寝せられていた竿燈が、演技開始の合図とともにいっせいに立ち上がるにつれ、見ているほうも身を反らし

てゆく様を詠んでいるのかもしれない。

百竿の炎練り出す本太鼓        結柴蕗山

竿燈は、演技本番のときと演技会場への行進や入場行進のときでは、太鼓のリズムや笛のメロディーなど、

お囃子の調子が異なっている。掲句の言わんとするところは、いよいよ演技開始となり、太鼓は本番の演技

リズムに変わったということだろう。

私の所持している角川書店編の歳時記『合本俳句歳時記(新版)』には竿燈としての季語は載っていない

が、平成8年初版の『第三版俳句歳時記』には出ていて、秋の部に「竿燈」として載せられている。比較的

新しく季語となったようである。

『第三版俳句歳時記』では、季語としての「竿燈」の項では「燈」の字を使っていて、例句には「灯」、

「燈」の両方が見える。どちらを使っても間違いだとか古い用法だとか、それは言えないと思われる。ただ、

数年前のことだったと記憶しているが、地元関係者の間で、正式には「燈」を用いることが申し合わされた

と、新聞記事で読んだ記憶がある。

「燈」に落ち着いた理由は、紹介されていなかったか、私が忘れてしまったのかは分からない。だがその

うな、正式に用いる漢字を決めたりするときは、歴史的謂れや根拠にさかのぼって調べるであろうから、そ

うするとどうしても昔使われた、難しい方の字が選ばれてしまうことになろう。「竿燈」の名称が初めて文

字として現れるのは明治14年のことで、明治天皇東北巡幸の際、天覧に供しようと県に提出された伺い書

に登場する、と今年の地元新聞に載っていた。

竿燈の男同士の声揃ふ       久保田月鈴子

竿燈は古くは男たちだけの祭りであったとのことである。それが戦後女性も参加するようになり、大分前

から囃子方に加わっていたように思う。ところが20年ほど前、「祭りに女性が加わると雨が降る」と言い

伝えがあると、突然のように女性の参加が関係者長老の間で問題になり、新聞でも報道された。しかし当然

ながら、従来どおり参加は認められることで決着している。今日では女性が大いに参加しているが、確かに

高さ12メートル、重さ50キロの竿灯は、演技中は周りにいるだけでも危険であり、さすがに竿燈を持ち

上げて演技するまでにはいっていない。笛や太鼓の囃子方を務める場合がほとんどある。

大竿灯乙女の笛にあやつられ         田中敦子

いずれ4日間もの長きにわたって行われるので、1日ぐらいは雨に見舞われることもあるし、4日間とも

天候に恵まれたという年もあるのである。

 

俳誌『あざみ』平成15年1月号掲載

 

 

 

 

  Home Page