「秋田の雪祭り」

                                                   向 井 未 来

私の住んでいる秋田地方の初雪は、11月から12月にかけてのころに見られる。もちろん、高い嶺々の初冠雪

はもっと早い。岩手県境の八幡平、駒ヶ岳、岩手・宮城・秋田の3県境にまたがる栗駒山(須川岳)、山形県境の

鳥海山、青森との県境の世界遺産「白神山地」などでの初冠雪は10月中旬から末頃には報じられることになる。

平地で根雪になるのは、全県的にも12月末ごろからが例年である。

雪国の行事は陰暦の正月や小正月の行事として行われてきたものが多い。また、豊作や家内安全、鳥追いなどの

行事と結び付いた民俗行事ともなっている。男鹿市の「なまはげ」、西木村の「紙風船上げ」、本荘市の「裸まい

り」、金浦町の「掛魚祭り(鱈祭り)」、各地の「梵天」、横手市の「かまくら」、角館町の「火振りかまくら」、

六郷町の「竹うち」などをあげることができる。

中でもなまはげ、梵天、かまくらは全国的にも有名で、今ではそれぞれ地元の冬の重要な観光行事になっている。

いずれも何百年も続いている行事であり、昔は旧暦で行われていたようであるが、現在では新暦により日にちが毎

年定まっている。男鹿市のなまはげは12月31日、横手市のかまくらは2月15、16日の2日間にわたって行

われる。

また、県内各地で行われる梵天祭りは、秋田市が1月17日、横手市が2月16、17日の両日、船に乗って川

を渡る大曲市のは、2月16日にそれぞれ行われている。梵天は、なにかと濁音の多い秋田の方言では「ぼんでん」

と発音されている。

なまはげ、梵天、かまくらは俳句の季語にもなっていて、多くの俳人に親しまれ、詠まれている。

角川書店編の『俳句歳時記』では、新年の行事に分類されている。

なまはげのずぶ濡れ蓑を身ぶるひて   安藤五百枝

勇み梵天金剛声のとどろきぬ      河野多希女

燭のためかまくら星のため夜空           鷹羽狩行

俳句の季語のかまくらは、横手市のそれのように雪室を造るものを指すようであるが、六郷町のかまくらは、蔵

開き、餅つき、天筆焼き、竹うち、鳥追いなど一連の行事をさして呼ばれている。

横手市のある県南部の平鹿地方は盆地であり、夏は暑く冬は降雪が多く豪雪地帯でもあり、1月の大寒のころを

中心に、いくぶん湿り気の多い積もりやすい雪が降り続くことになる。2月に入り立春も過ぎるころになると降雪

量はだんだん減ってくるが、朝夕の寒さは一段と厳しく感じられる季節となるのである。

雪室をつくってその中で子供たちが遊ぶかまくら祭りは、松飾りを焼く行事、鳥追いの行事、水不足の解消を願

う水神様を祭る行事とが一体となったもので、約4百年の歴史を持つ民族行事と紹介されている。

かまくらは雪を山の形に高く積みスコップなどで中をくりぬくもので、1カ所だけ設ける出入り口は、大人が前

かがみにならないと入れない大きさである。柱も梁もなく、壁と屋根だけの室をすべて雪で造るわけだが、意外に

頑丈で崩れ落ちない。このかまくらが行われるころが実は、秋田では冬のうちでも最も凍てつく季節にあたり、雪

室の屋根もよく凍って落ちないということなのだろう。

かまくらの奥の正面には4、50センチほどの大きさに祠をかたどり、ろうそくを灯して、お神酒、餅、甘酒な

どをお供えする。暗い中でお燈明が灯ると、各かまくらの入り口からもれて、幻想的な光景をかもしだすのである。

かまくらは昔は子供たちの遊びであり、子供のいる家ではたいてい、自家の前の路上に1つずつ造っていたもの

であった。そして近所の大人たちは、いくばくかのお賽銭を持って各家々のかまくらを拝んで回り、子供たちが振

る舞う甘酒を御馳走になる。

水神様に上がったお賽銭は全部子供たちのお小遣いになるのであり、翌日に行われる梵天祭りを見に行きながら、

飴や菓子など好きなものを買うことができるのである。

なお、横手市の梵天は頭の飾りに特徴がある。武者人形、七福神や宝船、干支、時の話題の出来事などの飾り物

が意匠をこらして作られ、奉納時までの少しの揺さぶりには落ちないくらい、しっかりと取り付けられている。

現在のかまくらは、交通事情から路上はすっかり除雪されているので、数箇所の計画された指定の場所にまとまっ

て造られている。今年は普通の大きさのものが100個ほど、人の入れないミニかまくらと呼ばれる小さなものが、

約1万個ほど造られたそうである。ミニかまくら1つ1つにはろうそくが灯され、無数に並ぶさまはまことに圧巻

である。

小かまくら燃えつきし灯が星となる       樋渡瓦風

昭和34年度の第4回『あざみ賞』を受賞されている故樋渡瓦風氏は横手市の人で、樋渡家が代々造っている干

支の土鈴は、かつて年賀切手の図柄にも採用されたことがあった。

私も横手市の出身であるが、残念ながらかまくらの句をまだつくったことがない。

 

俳誌『あざみ』平成14年6月号掲載

 

 

 

 

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