自句自註 「龍宮城」
向井未来
海 神 の 鱗 の 宮 室 の 真 夏 か な 未来
ずっと若い頃、月刊雑誌の誌上美術館みたいな連載もので、青木繁の「わだつみのい
ろこの宮」という絵を見たことがあった。2人の乙女が水瓶とおぼしきものを掲げ、その上
方の木の上からは1人の乙女が─髪型からは男とも見え、つまり、浦島太郎とも思えるが、
私は乙女だろうと思ってその絵を見ていたが─木から降りてきて水浴みでもしようとしてい
るかのような、不思議な構図の絵であった。
拙作は「海神(わだつみ)の鱗(いろこ)の宮室(みや)」 で11音を使ってしまった。龍宮城
のことだが、それをいうだけで17音中3分の2が費えてしまい、残る6音に季語を持ってき
て何とかとりつくろわねばならない。
そこへ、「真夏かな」と置くことでこの五七五はがぜん息を吹き返した。真夏の龍宮城ほ
ど涼しさたっぷり、納涼に向く別天地はないだろう。乙姫様が注いでくれる不老長寿の冷
涼酒、適度に冷えたアワビ、サザエ、ウニなど珍味の数々。
鯛や平目や蛸、鮪の群遊乱舞が彩りを添える。いかなるリゾート避暑地も、ルームエア
コンも、龍宮城の涼しさには適わない。
福島県下郷町 = 「塔のへつり」