大曲の全国花火競技大会
向 井 未 来
秋田県大曲市(現大仙市)で毎年8月下旬に開催される花火大会は、全国的に知られた大規模なもので、年々盛況を
博するようになってきた。花火大会は日本の各地で見られる夏の風物詩であり、歴史的には江戸両国の川開きに行わ
れていた、隅田川の花火が有名であろう。
花火夜の常なき想ひ誰れも知らず 河野南畦
大曲の花火大会の特色は競技花火にあり、この競技花火は現在、茨城県の土浦での大会とともに、日本の2大大会
とされている。どちらも優勝者には内閣総理大臣賞が授与される。
大曲の大会は、1つは割り物と呼ばれる10号玉(直径1尺=33センチ)を2発打ち揚げる競技。もう1つは創
造花火と呼ばれるもので、形式はスターマインと同じである。参加の煙火業者はこの2種目を競い合う。
大曲の大会は昼花火の部もある。昼と言っても夕方の5時から開始され、これも競技であり、優勝者には県知事賞
が贈られる。昼花火は音と煙の技を競うもので、破裂音のリズミカルな響き具合や、落下傘に吊るされて降下する間
の、煙による美的配色の妙が競われる。
暗く暑く大群集と花火待つ 西東三鬼
暗くなる午後7時から夜の部が始まるが、観客はまず、大会開始直後のナイヤガラの大滝花火で度肝を抜かれてし
まう。ナイヤガラの滝は普通の花火大会ではメインイベントの一つで、たいてい大会の終盤を飾る見せ場なのだけれ
ども、大曲の大会ではナイヤガラで始まるのだから、規模の大きさを推し量っていただけると思う。
続いて競技に入り、場内アナウンスで割り物10号玉の名称と制作者の名前が披露される。10号2発が終わると、
すぐに同じ制作者の創造花火が打ち揚げられる。 一度に何百発もの大小の花火が、音楽に合わせて夜空を飾る。創
造花火であるので、普通の菊の花のような丸い形でなくてもよく、ハート型やトンボ、蝶々やどらえもんなども登場
する。
音楽伴奏も入り、色彩の組合せはもちろん、花火の破裂音の強弱と音楽のリズムとのマッチ、花火の内容とメロデ
ィとの調和、付けられた題名とのバランスなどが審査される。音楽の伴奏が使われるようになったのは、20年ぐら
い前からと思われる。
大曲の大会は切れ間なく花火が打ち揚げられ、退屈することがない。競技花火の合間には、地元企業の宣伝のため
のスターマインや10号玉の速射(早打ち)が行われるからである。
今から16、7年ほど前になろうか、地方公務員だった私は、2年間だけではあったが、火薬類取締法関係の仕事
を担当したことがあった。仕事の中身は、花火の打揚げ行為は法律上は火薬類の消費ということになるので、大会主
催者は前以て消費許可を受けていて、その許可どおりに打揚げ筒が配置されているか、花火玉(法律用語では煙火(え
んか)というが、俳句歳時記では花火の傍題として、煙火は「はなび」と振り仮名されて出ている。)の置場が許可どお
りか、観客席とそれらの場所との保安距離が許可の図面どおりかなどを、昼の明るいうちにチェックするのである。
大会が始まってからは、万が一事故が発生したとき、警察官や消防署員と協力して、事故原因や打揚げ時に法律違
反がなかったかなどを調査し、上級官庁に報告する義務があるので、大会主催事務局や警備・消防・救急医療関係者、
報道関係者らとともに、私らも打揚げ現場に詰めていることになる。
予想される事故とは、観客席への落下、低空での破裂、筒撥ね(打揚げ筒の中での破裂)の発生などである。
花火師の黒子に徹しゐる動き 浅野右橘
打揚げ現場から見る花火は、ほとんど頭の真上で開く。首を90度にして見上げるので、じき首が痛くなる。報道
のカメラマンは寝転んで上空の花火を撮ったりしている。
創造花火や企業の宣伝スターマインは、当然、観客席や審査員席からよく見えるようにセットされているから、打
揚げ現場では真横から見ることになる。花火師はもちろんのことだが、打揚げ現場に居る者はみな黒子ということに
なろうか。
当直医遅き餉をとり花火の夜 馬場駿吉
食中毒など急病人はもちろんのこと、花火を見ての帰り道での混雑による怪我人の発生などに備え、病院の当直医
師も花火の夜は黒子となるようだ。
大曲の花火競技会場は、街から少し離れた雄物川河川敷である。雄物川の流域一帯は、ツツガムシ病を媒介するダ
ニの生息地として知られており、大会主催事務局では前以て会場一帯の草刈りを行い、殺虫剤を散布して予防に務め
ているとの話を聞いたものだった。
大会の終盤近くには、「大会提供」という一大イベント、創作花火が打ち揚げられる。花火競技もさることながら、
近年はこの大会提供の花火を楽しみに見にくる人も多いと聞く。大会提供花火は、5分間ぐらい絶え間なく揚がり続
け、その豪華さで観客を圧倒し、陶酔させるのである。大会提供創作花火の昨夏のテーマは、「暁」だったそうであ
る。
ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火
《俳誌『あざみ』平成15年3月号に掲載》