『鏡に這入る女』(特装版)

 

中川与一著。村松書館刊行。1980年11月5日発行(初版)&通常版は10月5日発行。夫婦函&ダンボール外箱完本。総ビロード装&平に題名を掘り込んだ鉄板嵌め込み。中川与一識語&署名入。本文3色刷り。ラウル・ディフィ挿絵。限定100部(記版は最初からなし)。定価35000円。 

 

 2014年10月頃、突如廃業してしまった異色出版社「村松書館」唯一の豪華限定本が本書である。
 なお、村松書館廃業の理由は不明。これで1970年代に勃興した異色小出版社がまたひとつ姿を消したことを筆者はこころから悲しむものである。

 さて、「中河与一」と聞いても最近の若い人はピンとこないかもしれないが、実は太平洋戦争中に出版した『天の夕顔』がベスト・セラーになったほどの人気作家だったのである。それが昨今、さっぱり耳にしなくなったのは戦時中に時局迎合的な発言を行ったとして、戦後に批判の対象にされてしまったのが原因であるのかもかもしれない。

 本書は昭和9年昭和書房発行の『ゴルフ』という短編集から、「鏡に這入る女」一編のみを抜き出して装丁し直したもの。本書にはラウル・デュフィのオリジナル挿絵が挿入されている。なんでも中河氏がデュフィに挿画を書いてくれ、と依頼したところ、デュフィが快諾してくれたそうである。しかし中河氏とデュフィはこの当時なんの面識も無かったというからこれも妙な話である。
 内容は飛行機から男女二人がダイビングする様を描いた奇想天外なもの。幻想文学のカテゴリーに入る奇想小説と筆者は捉えている。三木清、井波清冶、川端康成等の壮々たる面々が「作家の精神的な美しさがあらはに見られる」&「『天の夕顔』の場合と全然違う異色の作品である」と本小説を褒めたそうである。
 
 通常版はほとんど古書店に出現しないがでたら定価程度(1500円)で買える。限定本は村松書館に長らく在庫があったらしいが、村松書館廃業と共にその在庫も雲の彼方へ消えてしまった。もし古書店で適価で発見されたら、迷わずのご購入をお勧めする。

 限定特装版は二重函、総ビロード装、題名を鉄板で嵌め込むという超・豪華な本である。本文もゆったりと組んだ大きな活字ですばらしく読みやすい本である。
 わたしは本書を今はなき村松書館からの遺言状として末永く大切にしていこうと思っている。

 なお、本稿は40年近くにわたって村松書館を支え続けた偉大なる村松書館主、村松俊彦氏に捧げられるものである。

 

 (黒猫館&黒猫館館長)