【中東紀行 10】アヤソフィアとビザンチン帝国の栄華 

 

 

 ブルーモスクを出るとオキアイさんの周りにツアー一行が集まっている。わたしは足早にオキアイさんの後ろにくっついた。
 オキアイさんは身長が大きいので(185センチぐらいある)わたしが近づくとまるで大人と子供のように見える。

 その様子がまるで幼稚園の遠足のようで微笑ましいのであった。

 オキアイさん「これからアヤソフィアに入ります。アヤソフィアは現在は博物館になっているので靴を脱ぐ必要はありません。」
 ツアー一行は靴のままアヤソフィアに入ってゆく。

 アヤソフィアとは元東ローマ帝国(後のビザンチン帝国)におけるキリスト教の総本山であった建造物である。(西ローマ帝国におけるキリスト教の総本山は言うまでもなく現在のローマのサンピエトロ寺院である。)

 しかし1453年当時のオスマン・トルコ皇帝がコンスタンチノープル(ビザンチン帝国首都・後のイスタンブール)を陥落させると、トルコ軍はアヤソフィア教会の絵や偶像を破壊した。

 ここら辺の顛末はイタリア大好きおばさんとして有名な塩野七生(元祖歴女とも言える)の出世作『コンスタンチノープルの陥落』(新潮社)に詳しいので、興味のある方はそちらの本を紐解いてみるのも良いだろう。

 アヤソフィアの内部に入るとキリストさんの壁画が登場。
 これは一度オスマントルコ軍に漆喰を塗られた壁画に対して、もう一度丁寧に漆喰を剥いで修復したものだと言う。


  



 わたしは思わず両手を振り上げて「おお!大いなるビザンチン帝国の栄華よ!」と大げさに驚いてみせた。ツアーのおばさんたちがニヤニヤ笑っている。しかし大いなる歴史浪漫の前にはおばさんのニヤニヤ笑いなどハエのようなものなのである。


 そのうち巨大なボタンとしか言いようのない円盤登場。この円盤はアヤソフィア内部のあちこちに点在している。この円盤の裏にもキリスト教の壁画があるのだと言う。


  


 キリスト教とイスラム教がせめぎあうエキサイティングな建造物、それがアヤソフィア博物館なのであった。

 最後に柱に穴がひとつ開いている。この穴に親指を突っ込んでぐるりと一回転すると幸運が舞い降りるのだという。わたしは散々苦労して一回転した。
 これで幸運が舞い降りることであろう。うほうほ。

 アヤソフィアへの入場から出口まで20分、「もっとゆっくり見せてよ〜」と言いたいがオキアイさんは、次の見学地・トプカピ宮殿へズンズン進んでゆくのであった。





左側から、
・一枚目の写真が漆喰に隠されたキリストの像。
・2枚目の写真はキリスト教の壁画を隠すため設置された円盤。

 

(黒猫館&黒猫館館長)