宇宙刑事アニー誕生

 

  (ハムちゃま・作)

 

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 (♪面白いことが大好きで〜悪いことは許せない〜♪)




 宇宙刑事シャイダー・沢村大は超時空戦闘母艦バビロスの中で朝日ソノラマ発行の特撮マニア向け雑誌『1984年秋の号 宇宙船』を読んでいた。
 
 しかし大はなぜか機嫌が良くない。無論、大は祖父譲りの「特撮の血」を受け継いでいる非常な特撮マニアである。
 大は「ゴジラシリーズ」は祖父に敬意を表して、完璧に全部観ているし、ガメラはもちろん、ギララやガッパまでキチンと押さえている。
 もちろん映画だけではない。
 TVでは東映製作の「スーパー戦隊シリーズ」に関しては「バトルフィーバーJ」から今年の「超電子バイオマン」まで、すべてVHSビデオに全話録画していた。さらに最近では日本テレビの特撮番組「星雲仮面マシンマン」の純朴な作風にかってない感動を受けている。

 そんな大であるから、季刊で発行されている80年代唯一の特撮雑誌『宇宙船』を読んでいる時は、まさに「至福」の時間であるはずなのである。一体何が沢村大を苛立たせているのであろうか?
 大が『宇宙船』のページをパラリとめくる。すると・・・



 ・新挿入歌「アニーにおまかせ」EPレコード発売。
 ・上平正二(うえだいらしょうじ)直筆小説「アニーのミラクル大冒険」。
 ・アニー・パンチラ大全集。



 その通り。
 『宇宙船』の「宇宙刑事シャイダー」関係の記事がほとんどアニー一色なのだ。
 自分の活躍などほとんど記されていない。

 さらに沢村大を苛立たせたのは「アニー・パンチラ大全集」に見られるような「特撮界の頽廃(たいはい)」(少なくても彼はそう確信していた。)についてである。
 沢村大はかって仮面ライダーV3を演じた宮内洋のテーゼの賛同者であった。曰く「特撮番組は教育番組である。」
 しかしアニーのパンチラなどという軟派で柔弱な支離末葉の出来事が特撮マニアの間で大きな話題になる、このことはやがて日本特撮の衰退に繋がるだろう。大はそのように結論づけていた。

 「面白くない・・・」正当な「特撮の血」を受け継いでいる自分がアニーのような小娘の人気に脅かされるとは。
 沢村大はバシッ!と『1984年秋の号 宇宙船』をバビロス号の窓に投げつけると、コックピットを後にした。
 パトロールの時間である。今日もフーマの攻撃があるかも知れない。
 しかし今の彼には、なによりアニーと顔を合わせるのが嫌だったのだ。
 
 
 

 

 U



 (♪しぎ・しぎ・しぎ・しぎ・・・ふっしぎしぎまっかふしぎ・ふ〜ま〜・・・ふっしぎしぎまっかふしぎ・ふ〜ま〜♪)

 不思議宮殿。
 宮殿内に静かに不思議ソングが流れている。
 不思議ソングに合わせて身をくねらせている珍獣たち。

 「ぎぎ・・・」
 耳障りな音を立てて宮殿の扉が開いた。今、フーマの最高幹部である神官ポーが大帝王クビライの待つ不思議宮殿本部・謁見の間に到着したのだ。
 
 ポーは大帝王の口元に座ると華奢な細腕で帝王の顔をゆっくりと撫でまわした。
 「わが愛しきポーよ・・・・どうした・・・どうしたのじゃ・・・」帝王が寝覚めのようなうっとりとした声で口を開く。

 大帝王「ポー、昨今の地球侵略の首尾はどうじゃ?・・・」
 ポー「大帝王さま、今、この瞬間が地球侵略の好機と心得ます。」

 思いもかけないポーの言葉に大帝王は声を荒げた。
 「ポーよ!詳しく述べてみよ!!」

 ポー「はッ・・・大帝王さま、われらが地球侵略の最大の敵は誰でございましょうか?」
 大帝王が答える。「無論。無論・・・シャイダー、宇宙刑事シャイダー。」
 
 「そのシャイダーの地球に置ける地位が揺らいでいるのでございます。」
 大帝王が激昂する。「ポーよ!それはどういう意味じゃ!?」

 「地球ではシャイダーの片腕、女宇宙刑事アニーの人気がうなぎ登り、シャイダーの人気は凋落し続けておりまする。」
 「うむ。ギャル1からそのような話を聞いたことがあるが、そこまでとはな。それでそなたの戦略を述べてみよ。」

 ポーがあくまで平静な口調で答える。「宇宙刑事シャイダーを完全に失脚させまする。そして女宇宙刑事アニーの誕生・・・さすれば?」
 大帝王「さすれば?」

 ポー「子供向け特撮番組の主要視聴者である男の子は女性が嫌いでございます。アニーが主役になれば「宇宙刑事シャイダー」の視聴率はみるみる低下、路線変更、時間帯変更、やがては打ち切り。・・・そうすればもうわれらに敵はありませぬ。地球侵略は即座に完遂されましょう。」

 大帝王「なるほど、面白い作戦だ・・・それで本当にそのような作戦が実行できるのか。ポーよ・・・」
 ポーがゆっくりと頷いた。「もちろん。もちろんもう手は打ってありまする。・・・」
 

 (♪しぎ・しぎ・しぎ・しぎ・・・ふっしぎしぎまっかふしぎ・ふ〜ま〜・・・ふっしぎしぎまっかふしぎ・ふ〜ま〜♪)



V



 (株)東栄本社。
 時間はPM5時。
 秋の日はつるべ落としという諺どおり、東栄ビル周囲はもうまるで不思議空間のような暗闇に包まれている。

 三階にある第一会議室の窓からは煌々と蛍光灯の光が見える。その部屋では連続子供向けテレビドラマ「宇宙刑事シャイダー」についての会議が開かれていた。
 「宇宙刑事シャイダー」のプロデューサー・吉野治が重々しく口を開く。

 「「宇宙刑事シャイダー」もいよいよ三クール目、現在の視聴率はまあまあと言って良いだろう。そこで番組の今後の方向性について、スタッフの諸君に自由に意見を述べてもらいたい。」

 吉野治「まず上平君、どうだ?」
 吉野が「宇宙刑事シャダー」のメインライターである上平正二に声をかけた。
 上平「今後の計画ですが、二クール目で小森義春監督と共同で制作した「恋のミュータント」のような主人公のシャイダーがほとんど活躍しないシュールなドラマを二本計画しております。」
 吉野「で、具体的には?」
 上平「まだ仮題ですが「僕と君のメロディ」、「散歩する腹話術師」、この二本を執筆中です。」

 吉野がいかにも満足そうに目を細めて上平に言った。
 「上平君、今回も順調そうだな。期待しておるぞ。「シャイダー」が最終回まで視聴率をキープできれば金7:30分の枠は引き続きわたしたちのものだ。頑張ってくれたまえ。」
 上平がそっけなく言う「了解しました。」
 吉野「小森君のほうはいつもと同様に上手く撮れそうか?」
 小森「良い脚本(ほん)をもらえば、それにそって良い作品を仕上げる、それがプロの監督というものでありましょう。」

 小森の自信に満ちた返答に吉野は大いに安心した。
 吉野「それではこれで本日の会議は閉会することにしよう。」

 思い思いに席を立ってゆく「宇宙刑事シャイダー」のスタッフたち。
 吉野はスタッフたちを自分の子供のように満足そうに見守ると自分も席を立った。

 東栄ビルの正面玄関から退出する吉野。
 受付の女性二人がにこやかに吉野に声をかけた。

 「おつかれさまでした〜♪」

 吉野は満足そうに顔をほころばせると、玄関から出て自家用車に向かって歩いてゆく。

 その時・・・



 (しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・)

 吉野は足を止めた。馬鹿な・・・この唄は・・・

 (しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・)
 (しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・)

 吉野は不思議な酩酊状態に陥っていった。まるでぼんやりと空中に浮かんでいるような不思議な感覚。

 (しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・ふっしぎしぎ、まっかふしぎ、ふ〜ま〜・・・)

 いつの間にか吉野の周りは真っ白な空間に変わっていた。そして向こうから現れてくる奇妙な一群の者たち。
 珍獣だ。吉野の周りで珍獣たちが踊っている。
 この不可思議な状況を冷静に把握する理性を吉野はすでに失っていた。

 「吉野・・・治」
 艶かしい声が不思議な空間に響く。女性の声のようでもあり、男性の声のようでもあった。
 「吉野治。「宇宙刑事シャイダー」のプロデューサーに命じる。「シャイダー」の主人公をアニーに変更しなさい。・・・」

 吉野はぼんやりと目を細めながら頷いた。
 不思議ソングが少しづつ静かに収まってゆく。珍獣たちの姿もいつの間にか消えていた。


 吉野は我に帰った。

 「アニーだ・・・アニーにおまかせ・・・これだッ!!」

 吉野はぎらぎらした目つきで周囲を見回した。すると東栄本社から退出してくる上平の姿が見える。
 吉野は上平に駆け寄っていきなり上平の襟首を掴みあげた。
 「なにをするんですか!!吉野さんッ!!」上平の悲鳴が東栄本社前に響き渡る。

 吉野は熱に浮かれたように上平に詰め寄った。
 「アニーだ・・・!「シャイダー」の主役をアニーに変更しろッ!!さもなくば・・・」

 さすがに尋常ではない吉野の雰囲気を感じ取った上平が呻くように叫ぶ。
 「わかった!わかりましたよ!吉野さん!プロデューサーの貴方がそう言うんだったらそうします!だから離してくださいよッ!!」

 吉野が上平を前方に放りなげた。路上に転がる上平。ハアハアと肩で息をしている吉野。もう尋常では無かった。
 上平が小走りで吉野から逃走してゆく。吉野はなおも酩酊したようにふらふらと東栄本社前で千鳥足で踊っている・・・

  

 

 

 W



 (ら〜ら〜・・・ら〜ら・・・らららら・・・・)

 不思議宮殿。
 神官ポーが大帝王にうやうやしく頭を垂れる。
 大帝王は無言だ。

 ポーは大帝王に向かって口を開いた。

 「大帝王さま、「宇宙刑事シャイダーのプロデューサー・吉野治を完全に掌握しました。まもなくシャイダーに異変が起こることでしょう。」
 大帝王「良くやった。ポーよ。・・・「シャイダー」に路線変更が行われるというわけだな。そして・・・」
 ポー「そして・・・あとはわれらが計画通り。」

 不思議ソングのBGMバージョンが静かに流れる謁見の間で大帝王と神官ポーは互いにニヤリとほくそえんだ。

 (ら〜ら〜・・・ら〜ら・・・らららら・・・・)





 X



 金曜7時30分。
 良い子たちがキチンと正座してTVの前に座る時間だ。
 その日の「宇宙刑事シャイダー」も普段と異動なく放送されるように見えた。

 「♪君も戦え!君も走れ!思い切り、明るく、叫べ〜笑え〜ッ!!♪」

 櫛山アキオの景気の良い主題歌がTVから流れてくる。
 しかし異変は本編に入ってから起こった。
 いつまでたってもシャイダーが登場しないのだ。
 画面にはアニーの姿が延々と流されている。


 異変に気づいた東栄本社に衝撃が走った。
 テレビ浅日側から東栄に苦情が入ったのだ。
 すぐさま東栄上層部から呼び出されるプロデューサーの吉野!

 しかし吉野はニヤニヤしながらなにかを呟いていた。
 「しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・しぎしぎ・・・」

 しかし番組開始後、15分経った時、ある事態が起こった。
 視聴率がぐんぐん上昇し出したのだ。東栄上層部はあっけに取られた。
 視聴率の上昇はなおも止まらない。

 吉野がついに唄いだした。
 「ふっしぎしぎまっかふしぎ・・・ふ〜ま〜・・・ふっしぎしぎまっかふしぎふ〜ま〜・・・」

 不思議ソングは複雑に錯綜し、やがて「アニーにおまかせ」に変化していった。
 「ふっしぎしぎまっかふしぎ・・・あに〜・・・しぎしぎ・・・におまかせ〜」





Y



 1985年4月。
 本来ならば「巨獣特捜ジャスピオン」が放映される筈だった金曜PM7時30分。
 突如、「アニーにおまかせ」が鳴り響いた。
 そして画面にアニーのアップが移される。

 飛び跳ねるアニー。
 コンバットスーツを焼結するアニー。
 夕日を背にしてポーズを取るアニー。

 ついに新番組・「宇宙刑事アニー」の第一話が放送されるのだ。
 東栄は満足だった。吉野治は引き続きプロデューサーの地位を確保し、金曜PM7時30分の特撮枠を守った。

 季刊「宇宙船」はなおも部数を伸ばしていく。アニーのグラビアは号を重ねるごとに増えていった。その現象に憤慨した沢村大のような「硬派」な特撮ファンがいたことも付け加えておかねばなるまい。しかし大多数の特撮ファンは沢村大のような硬派な特撮マニアとは違っていた。

 彼らは実に「大きいお友達」と呼ばれる当時新たに出現した「特撮おたく」たちであった。このおたくたちの力によってアニー人気が爆発したことは吉野の計算外の事態であったのである。

 かくして不思議界フーマの野望はおたくの力によって阻止された。
 日本連続特撮ドラマの世界は見事に守られたのだ。


 それでは、これからも頼むぞ。アニー!
 地球の平和を守ってくれ!アニー!

 「アニー、アニー、アニーにおまかせ〜♪」

 

 

 (ハムちゃま&黒猫館&黒猫館館長)