【西欧紀行 その46】最後の晩餐(肆)

 

 ツアー一行の視線が一斉にわたしに集まる。
 わたしは冷たい汗がジワリ・・・と背中を伝わるのを感じていた。

 「まずい・・・まずいぞ。これは。ここでヘタなことを言ったら会食の雰囲気がぶち壊しになってしまう。しかし何を言えばいいんだ!?」

 ちょうどその時だった。
 吉永さんが熱く迸る眼でわたしをじっと見詰めていることに気がついたのは。

 わたしの心の奥底から湧き上がってくる何かがあった。

 今だ!今言うんだ!ヴェネチアでもフィレンツェでも言えなかったあのことを!今言わないと一生後悔するぞ!そしてこのことを言えるのは今しかない!

 言え!わたしよ!!手が震える。足がすくむ。そして口がゆっくり開く。

 「吉永さん、一緒に写真撮ってくれませんか!?」

 ツアー一行がシーンと鎮まる。添乗員が客と一緒に写真を撮ることは本当は禁じられている。しかしわたしはこのパリの黄昏時の瞬間を吉永さんと一緒に永遠に切り取っておきたいと思ったのだ。

 なおも沈黙が続く。
 わたしの額から冷汗が滴り始めた。

 「やばい・・・」と思った瞬間、中里カップルの男性のほうがひとりで手を打ち出した。するとみるみるうちに拍手はツアー全体に広がってゆく。

 吉永さんがやれやれといった表情で微笑んだ。

 「いいですよ・・・ええ・・・」

 その瞬間ガタガタと動き出すツアー一行。

 たちまちツアー一行はジャンヌダルク像が見える最高級の場所を提供してくれた。思えばこのツアーで一人だけで参加したのはわたしだけであった。わたしは連れがいないことをいつも恥ずかしく思っていた。

 しかし連れはちゃんと居たではないか!吉永さんという素晴らしい連れが。

 そしてツアー一行もキチンとそのことを察知していてくれたのだ。
 「さあ!もっとくっついて!」
 「もっとにっこり!」

 ツアー一行から恥ずかしくも暖かい檄が飛ぶ。

 今、フラッシュが焚かれる。

 今、デジカメのシャッターが押される。

 わたしと吉永さんの肖像はパリ・ジャンヌダルク像前でしっかりとフィルムに納められた。
 時に西暦2008年4月13日夕。
 永遠に記憶に焼き付けられた一夜が静かに暮れてゆく。
 日の長い四月のパリをゆっくりと優しい闇が包んでゆく。
 まるで貝のようなエスカルゴの珍味が皆の腹におさまった頃、最後の晩餐も収束した。

 そしてわたしのイタリア・フランスを周遊したヨーロッパの旅路もこれで終結したかに思われた。

 しかしまだ終わってはいなかった。

 祭りの本当のクライマックスが始まるのはこれからであった。

 

 

(黒猫館&黒猫館館長)