【西欧紀行 その27】無防備都市(漆)

 

 

 「よお!どうした!?」
 やたら元気の良い掛け声が三越の休憩室に響く。
 その瞬間、わたしは「これで助かった・・・やれやれ・・・」と安堵した。

 しかし・・・

 宮崎老夫婦が地図を見ながら渋い顔をしている。
 わたしが問う「どうしたんですか?・・・」
 するとなんでも三越から今夜泊まるホテルまでは遠すぎて地下鉄でなければとても帰られないという。

 しかしローマの地下鉄はモスト・デンジャラス・ゾーンだ。
 子供の強盗も出現しているという。わたしと宮崎老夫婦は三すくみとなってアタマを抱えた。できたら徒歩で帰られたら一番なのであるが。。。

 「よしッ!行こうぜ!!」
 とまたお爺さんが元気の良い声をあげた。
 「徒歩ですか?」わたし。
 「地下鉄で帰るんだよッ!」お爺さん。

 結局、宮崎お爺さんの提案で三人で地下鉄で帰ることにした。

 ここ三越の休憩室ではミネラルウォーターが無料で提供されている。わたしは自分を元気つけるようにごくごく水を飲み干した。

 

     ※          ※          ※

 

 三越から地下鉄乗り場まで徒歩三分。
 わたしたち三人は地下鉄のマークのあるトンネルから階段を下ってゆく。
 しかし、なにかがおかしい。・・・

 「キップ売り場がねえな!」とお爺さん。
 「変ねえ・・・」とお婆さん。
 「中にあるんじゃないですか?」わたし。

 結局、三人でキップを買わずに構内に入った。まだ電車はきていない。向こうに日本人らしきオバサンたちのグループがいる。
 わたしはオバサンたちに訊いてみた。
 「キップ売り場はどこにあるんですか?」

 オバサン「え!キップ買ってないんですか?」
 わたし「はい。」
 オバサン「早く外に出なさい!!見つかったら罰金とられますよ!」

 なんとわたしたち三人は「地下鉄の出口」から構内に入っていたらしいのだ。

 恐るべき駆け足で出口から出る三人!

 お爺さん「おい・・・危なかったな?・・・」
 お婆さん「見つかったら大変なことでしたよ。」
 わたし「でもまあ見つからずに良かったじゃないですか。」

 と三人で胸を撫で下ろし、再び地上に出ると今度はキチンと「入り口」でキップを買って構内へ入った。

 やがて滑り込んでくる地下鉄。
 地下鉄内部ではなるべく三人固まって周囲に警戒の眼を光らせた。

 幸いなことに地下鉄ではなんのトラブルもなくホテル直前の駅で下車。

 ようやくホテル到着したのだ!「生還した!!」わたしは本当に本当に深く安堵した。
 本当にわたしは無防備であった。日本で安全ボケしていたわたしには想像を絶する危険地帯・ローマ!

 自分の身は自分で守らなくてはならない!そのことをわたしはローマという鬼軍曹から生身に叩きこまれたのだ。

 なんという厳しくもタメになる教訓!

 その後、ホテルのレストランで宮崎老夫婦と三人で歓談しながら夕食を食べ、バスルームでシャワーを浴びたわたしはベットに横たわった。

 「今夜でイタリアともお別れか。・・・」

 イタリア最後の夜。
 しばしの感傷。

 ミラノ・ベローナ・ヴェネチア・フィレンツェ・ローマ・・・色々な場所で本当に色々なことがあったが楽しかったぜ・・・さらばイタリア。またいつか会おうぜ。

 明日からはついにフランスへ出発する。
 朝5時に起きて、ローマからふたたびシャルル・ド・ゴール空港に向けて飛ぶのだ。
 それから憧れのモン・サン・ミッシェルに向かって出発する。
 物凄い強行軍だが楽しみだ。

 いよいよ旅は終盤を迎えるのだ。
 わたしはイタリア最後の夜を感傷に浸って締めくくろうとしていた。

 その夜。

 

 

(黒猫館&黒猫館館長)