【西欧滞在日記 その17】ウフィツィ美術館漫遊記(下)

 

 

 ボッチチェッリのなんともさわやかな画風によっておおらかな気分となったわたしとツアー一行。
 しかし最後に待ち構えていた。強烈なのが。

 わたしたちツアー一行が最後に入った部屋で最初に待ち構えていたのが、なんとあの淫妖?な画風で有名なクラナッハの「アダムとイブ」であった。


  

 クラナッハのルーブル美術館にある「ヴィーナス」を観てなんともイヤな気分になった読者諸氏も多いと思う。わたしもクラナッハの絵は好みではない。まるで人体解剖図のような構図、不健全で病的な蒼ざめた肌。

 確か澁澤龍彦がクラナッハを褒めていた記憶がある。まさしく澁澤好みの絵だとつくづく思ってしまう。ボッチチェッリがルネサンスの「陽の面」であるとすればクラナッハは「陰の面」と形容すれば良いであろうか。この「アダムとイブ」の図にもクラナッハの趣味がありありと感じられる。

  と言いつつもわたしの根暗な部分はクラナッハの本物の絵に大喝采を送っていたのであった。

 次。
 さらに来た。
 ヴェッチツリオの「ウルビーノのヴィーナス」だ。


  

 このヴィーナスはなんでも「世界で一番淫猥なヴィーナス」と呼ばれるそうである。なんでも作者が自分の愛人をこっそり描いたとか、実は高級娼婦を描いたものであるとか様々なよからぬ伝説がある。

 関西から来た若い女性ふたり組みはこのヴィーナスを観てなんともイヤそうな顔をしている。さよう。それで良いのだ。岡本太郎画伯も言っているではないか。「芸術は心地よくあってはならない」と。ウフウフ。

 そしてついに出口。
 わたしたちツアー一行は最後の最後でトドメを刺された。

 カラヴァッジオの「メドゥーサの首」だ。

 おぉ!!観よ!!この形相!!子供が観たら号泣しそうなほどの超・迫力!!


  

  このメドゥーサの首は単なる神話上のメデゥーサを描いたものではない。ウフィツィ美術館の真ん前にあるシニョリーナ広場で処刑された数々の罪人たちの最期の断末魔の表情、あるいは斬首されたあとの硬直した表情を作者は至近距離からまざまざと観ていたそうである。
 そのとおり。
 このメドゥーサの顔にはウラミを残して処刑された罪人たちの怨念がこもっているのだ。中里カップルも宮崎老夫婦も無言だ。わたしはなにかゾクゾクするような背徳的な快感を背筋に感じていた。

 

 

       ※        ※        ※

 

 

 さて最後の最後で遭遇した、強烈な三連発に打ちのめされてお腹一杯になったのか、ゲッソリした顔でツアー一行は美術館出口から売店に出た。

 わたしは「もちろん」という感じで「メドゥーサの首」のポストカードを買ってカバンに収めた。
 そしてトイレに行くとそこでツアー一行は一端解散。
 二時間後にウフィツィ美術館前に集合する確認をすると、わたしはいよいよ「花の都」フィレンツェの街へ躍り出た!

  

 

 

(黒猫館&黒猫館館長)