【西欧滞在日記 その3】悪夢の十二時間

 

 只今、ロシア上空。
 エールフランス航空775便。

 あまりに味付けの濃い機内食とチーズの臭いに完全に打ちのめされたわたしは、こみ上げてくる胃のむかつきを抑えるために正露丸を飲んで横たわっていた。

 座席の前のTVを観ると現在はロシアの真ん中あたり。

 かなりの時間横たわっていたと時計を見ると現在午後6時頃である。(出発は午後12時)なにかおかしいな・・・と思いわたしは窓を観る。明るい。なにか変だ・・・

 「そうか!」急に気がついたわたしは背筋を正して椅子の上に飛び起きた。「時差」があるのだ!だから午後6時でもお昼のように明るいのか。

 初めて体験する「時差」にわたしはSF的に奇妙な不条理感を味わっていた。

 「押し寄せてくる「夜」から逃げるように飛んでゆく飛行機」アタマではわかっていても感覚ではどうしても実感できないこの不思議な世界。

 わたしはまた気分が悪くなってきた。

 まるでSFホラー映画の世界にいるようだ・・・午後七時の白昼で飛行機に揺られながら、わたしはこみ上げてくる吐き気と戦っていた。

 「眠るんだ!とにかく眠ってしまえばいい!!」

 とわたしは強引に自分を眠らせようとするが、延々と続く「白夜」にとても眠るどころの気分ではなかった。

 そして夜9時の白昼、わたしはついに起き出して座席の前のTVで「ライラの冒険」という映画を観始めた。なにか白熊が戦っているな・・・とやたらと長い映画を観ながら考えていると映画が終わった。只今午後10時半。それでも煌々と明るい不思議な世界。場所はモスクワ上空。

 ついにわたしは貧乏ゆすりを始めた。隣の日本人オバちゃんが不機嫌そうな顔でわたしを観る。それでも貧乏ゆすりを止めることはできない!

 さらに腰が痛くなり、足がダルくなってきた。前の座席のシートの裏に膝を乗せてまるで胎児のような姿勢を取った。こういう姿勢でなくてはもうやりすごせないのだ。

 午後11時30分。日本時間では深夜。

 只今ベルリン上空。

 わたしは「風邪薬」を飲んだ。それで少し楽になるだろうと思ったからだ。

 そして午前12時、ピッタリ12時間後、機内放送がフランス語で入った。ようやく悪夢の12時間が終わったのだ。これで飛行機から出られる!!

 飛行機が除除に高度を下げてゆく。

 到着したのはパリ郊外のシャルル・ド・ゴール空港。

 しかしこれが目的地ではない。

 目的地はイタリア・ミラノだ。つまりもう一度飛行機に乗りかえて飛ぶのだ。ミラノのホテルまでわたしは耐えられるのだろうか。限界まで達した身体を引きずりながら、わたしは初めて「外国」に立った!!

 そこには・・・

  

 

(黒猫館&黒猫館館長)