【西欧滞在日記 その1】始まりは憂鬱と共に 

  

 

 

 

 

 「かんだ〜・・・かんだ〜」

 気だるい声が遠くから響いてくる。

 ハッ!とわれに帰ったわたしは周囲を見回した。場所は中央線沿線・神田駅。成田空港行きリムジンバスが出発する新宿駅はとうに過去っているではないか。時間はPM5時10分。いつの間にか居眠りしていたわたしは腕時計を観て総毛立った。

 わたしは焦りまくった。しかしパニくっている場合ではない。即座に東京行き電車を飛び降りると反対車線に渡り、新宿を目指して逆走する電車を待つ。不味い。非常に不味い。PM5時30分新宿発の成田行きリムジンバスに乗り遅れたら、明日のツアー出発時間に響いてくる。

 わたしはひんやりと冷たい汗が額から流れてくるのを暗に感じていた。

 ようやく実現が決まったヨーロッパ行き海外旅行。

 しかしその出発前日に東京・荻窪の古本屋を冷やかそうなどと考えたのが間違いの元であったのだ。羽田空港に到着したら即、成田のホテルを目指すべきであったのだ。

 わたしは新宿に向かって走る急行電車の中で後悔した。もし成田行きリムジンバスに乗り遅れたら。そのことで今回の海外旅行そのものがおじゃんになったら。・・・

 お茶の水・・・四谷・・・と次々と中央線三鷹行き電車が中央線を走りすぎてゆく。

 「走れ!もっと早く走れ!!」わたしは心の中でひたすら念じた。それでも時間は容赦なく過去ってゆく。5時15分・・・5時20分・・・。


 「新宿〜!新宿〜!」


 わたしは電車を飛び降りた。時間は5時28分。しかしリムジンバス乗り場の場所がわからない。わたしは必死の声を振り絞って、新宿駅員に聞いた。「成田行きリムジンバスはどこですか!?」駅員が眠そうな声で答える。「あぁ・・・小田急百貨店の前ですョ・・・」即座に駆け出すわたし!もう5時30分を過ぎている。心臓が早鐘をうつ。それでも走らねばならない!

 「あった!!」夕闇にバスが止まっている。「成田空港行き」。アレだ!!わたしは死にものぐるいでバスに飛び乗った。その瞬間ドアが閉まり、バスが出発する。時間は実に5時34分!ぎりぎりで間に合ったのだ。

 しかしわたしは憂鬱であった。自分のふがいなさに呆れ果てたのだ。こんなことで「海外旅行」などというわたしにとって前代未聞のイヴェントを乗り切ることができるのだろうか。こんなトロいわたしが外国で通用するのであろうか。

 リムジンバスが東京のドクドクしい夜闇を駆け抜けてゆく。しかしそれとは反対にわたしの心はひたすらに暗かった。

 明日から始まる「イタリア・フランス9日間周遊旅行」を目前にして。

 かくして旅は憂鬱と共に始まったのだ。

 

 

(黒猫館&黒猫館館長)