『動物哀歌』の詩人・村上昭夫

(講演日、2007年4月7日)

 

 

(↑『動物哀歌』初版本。村上昭夫著。Laの会発行。カバ完本。初版1967年9月18日。全159p。定価500円。黒猫館蔵書。↑) 

 

 

 昭和42年3月11日。日本現代詩人会の第18回H氏賞選考委員会が東京板橋の蔵前工業会館で行われた。
 ご存知ない方のために説明すると「H氏賞」とは複数の会社社長の肩書きを持つ「平沢貞二郎」氏が現代詩隆盛のために設立した現代詩壇では最も権威ある賞である。

 選考委員は三好豊一郎、草野新平、黒田三郎ら11名。そして受賞候補作品は鈴木志郎康の『罐製同棲又は陥穽への逃走』(季節社)と村上昭夫の『動物哀歌』(Laの会)。

 しかしいつまでたっても受賞作は決まらない。マスコミ関係者やその他好事家たちがイライラし始めた時、突如として受賞作が発表された。
 「受賞作は『罐製同棲又は陥穽への逃走』及び『動物哀歌』。つまり両詩集が比することのできない性質のものであり、またどちらも大きく現代詩の水準を越えるものである。故に鈴木志郎康、村上昭夫両氏に第18回H氏賞を授与する。」
 この瞬間、東北・岩手県の無名詩人・村上昭夫(昭和2年〜昭和43年)は永遠に日本詩史にその名を刻まれた。そしてまた村上昭夫は古来より不幸の地と蔑まれてきた東北で初めてのH氏賞受賞詩人であった。

 しかし村上昭夫はこう語ったという。
 
 「賞というものは、人間を差別し、偏見を生むものである。とかく人間は、名誉とか、地位、財産というものにひれ伏しがちである。この賞というものも例外ではありません。(中略)世界のいかなる場所にも賞などはないほうがいいのです。」


              ※                           ※


 さて今日、詩人・村上昭夫について語る人間は少ない。第一この詩人についての資料というものがほとんど残存していない。さらには彼の経歴でさえ不明な点が多い。
 確実なことは現在、岩手県盛岡市に「村上昭夫文学碑」が立っていること、そして彼の生涯唯一の詩集である『動物哀歌』がH氏賞・土井晩翠記念賞をダブル受賞していること。そして村上昭夫は41歳で結核で早逝していることである。

 わたしもまた東北人である。この古来より敗残の地と蔑まれてきた地に住む者として、もっとこのあまりにも稀有な詩人である村上昭夫を全国の人に知ってもらいたいと思う。しかしわたしごときにそれができるか。しかしその仕事をやらねばならないという強迫観念が常にわたしを襲う。なぜならわたしが最も好きな詩人とは誰でもない、村上昭夫そのひとであるからだ。

 村上昭夫は『動物哀歌』で色々な動物についての詩を書いた。それは「屠殺される豚」であったり「保健所の野良犬」であったり、「鉄砲で撃たれた小鳥」であり、「血を吐くネズミ」であったり、そしてまた「暗い夜空を渡ってゆく雁」であったりする。
 わたしにはこれらの虐げられた動物の苦しみを自分の苦しみとして苦しんでいる村上昭夫がありありと見える。
 この苦しみは村上昭夫を生涯に渡って苦しめた病・結核の影響もあったであろう。彼はこういう詩を残している。

 「雁の声を聞いた
  雁の渡ってゆく声は
  あの崖のない宇宙の崖の深さと
  おんなじだ

  わたしは治らない病を持っているから
  それで
  雁の声が聞こえるのだ」

 この恐ろしいほどの静謐な悲しみはどこから来るのか、わたしはそれを突き止めたい。もしかしたらこの研究はわたしにとっての一生の仕事になるかもしれない。しかしわたしはそれをやらねばならない。やらねば生まれてきた意味がないとさえ思う。

 詩集『動物哀歌』の序文で詩人・村野四郎は言っている。
 「啄木より賢治より、もっと心霊的で、しかも造形的な文学を村上昭夫に見る。」と。

 敗残の者の地、東北。
 その地に生まれ、生涯に渡って、動物と小さきものだけを愛し、生涯を結核に苦しんで早逝した詩人。
 彼の唯一の詩集『動物哀歌』を観ながらわたしがこの詩人の伝道者になろうと思う。もちろん本当にそんなことができるのかどうかはわからない。しかしわたしはこの仕事を41歳という彼の享年に達するまでに取り掛かろうと思っている。



 「わたしたちは尋ねなくてはならない。
  なぜ病まなくてはならないのか。
  なぜ病みながらも生き続けなければいけないのか。」
                                (「ひとつの星」より引用)。 



 わたしもまた不定愁訴という病を病む者である。それゆえにこの一節はわたしにとってもあまりにも重い。

 

(注=現在では思潮社から出版されている、初版本を改訂・一部削除した復刻版『動物哀歌』で村上昭夫の詩を読むことができる。)

  

 

(黒猫館&黒猫館館長)