『魚歌』

 

 

斎藤史著。ぐろりあそさえて発行。初版昭和15年8月20日発行。フランス装完本。装丁棟方志功。序文前川佐美雄。

 先年100歳近くなって大往生した斎藤史の第一歌集が本書。史31歳の輝かしい出発である。

 史の父は佐々木信綱門下の歌人にして軍人でもある斎藤瀏。二二六事件に関与した。

 さて本歌集『魚歌』は昭和初期のモダニズムの影響を多分に受けた自由奔放で華麗な作風の歌集である。

 「白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう」

 「指先にセント・エレモの火をともし霧ふかき日を人に交れり」

など浪漫的情緒に溢れた歌が中心であるが、本歌集後半から二二六事件に関わる暗鬱な歌が交じり始める。暗い時代の波は一少女の楽しい空想の世界さえ蝕み始めていたというべきであろうか?

 さて史はこのあと『歴年』(40年)、『朱天』(43年)、『うたのゆくえ』(53年)等続けざまに歌集を出版する。そして1976年今までの総決算としての歌集『ひたくれない』(不識書院)発行、この歌集にて迢空賞を受賞。そしてその後も精力的に作家活動を続け晩年には読売文学賞を受賞した。大正・昭和・平成と激動の時代を短歌と共に生き抜いた斎藤史をわたしは「真の歌人」と褒め称えたい。「歌人として生まれ歌人として死んだ」斎藤史に心からの喝采をおくりたい。

 さて本書は歌集が安くなっている今が買い時の本である。以前は3万円台が相場であったが昨今は1万円台まで下がってきている。賢明なコレクター諸君はこの期をのがすわけにはゆかないだろう。また高くなるであることは保証済みといってよい名歌集である。